決戦前夜(3) – レビュー、始まる

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このテキストは1999年『ときめきメモリアル2』が発売される前、コンシューマにおけるギャルゲーブーム終焉が見えてきたとき書いた同人誌に若干の訂正やコメントを加えたものだ。
もともとはTwitter上の会話で @matsushita99 さんとときメモの話になったときに、この同人誌の内容に触れたら、ヤフオクで探すとか言われ、別にそれほどの本じゃないし古い本だからアップしますよ、ということでこまごまと見直して、新たにコメントなどもつけつつアップロードしていくことにした。
新たなコメントは【注】、最初からあったコメントは【原注】と表記している。
また本文は、自分的には直したいところが一杯あるのだが、資料的な意味合いもあるので、誤字脱字および一部の表現を除いて、修正はしていない。

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レビュー、始まる

 サンプルをもらった日の夜、僕は『ときめきメモリアル』を始めることを引き伸ばしていた。
 いかに詰まらないゲームだらけの世の中で、そしてそれをやるのも仕事とは言え、面白くはなさそうなゲームを進んでプレイすることなんて出来やしない。
 ましてやパラメータ操作タイプのシミュレーションゲーム(SLG)で、3年間の学生生活を通して、キャラクタを育てるゲームなのだ。時間がかかるのは必定で、時間を取られるのは猛烈にイヤだった(今でも変わらないが、電撃のレビューはクリアを目標としているので、猛烈に時間がかかる)。
 当然やりたくないから、ウダウダと『Final FantasyVI』をやり続けていたが、プレイを始めなければ当然仕事は終わらない。
 諦めてCDROMを突っ込んでプレイを始めると…いつもの通りコナミのロゴが表示された。だが、いつもの曲は鳴らず、なんと女の子の声で「コナミ~」と喋り出した。
 余りのことに、僕はTVの前で固まった。だが、その程度では終わらなかった。
「すきぃとかぁ~♪ きらいとかぁ~♪ 最初に~♪~言い出したのは~」
 まるでアイドルミュージックのような旋律と共に主題歌が流れ出し、藤崎詩織(と資料で知っていた女の子)が化粧をするビジュアルが始まったのだ。
 あの『グラディウス』などを作っていた硬派メーカーがこんな物を作るとは――
「コナミも終わったな」
 だが、レビュワーってのはクソゲーにもタフじゃないと務まらない。
 こんなゲームも今まであった。ただ、そのメーカーがたまたまNECアベニュー(現NECインターチャネル)や日本テレネット(最近では自社ブランドではソフトは出していない、一時ムービーで売ったメーカー)ではなく、あの硬派なコナミが出したというだけだった。
 それに、目の前に流れているビジュアル(ムービーに対応する部分だが、当時はムービーとは呼ばれなかった。それも当たり前で、専用のカスタムプログラムでアニメをコントロールする代物だったのだ)は恥ずかしいという一点を除けば、技術的にもかなり見事な物だった。少なくとも、アニメを売りにしていた日本テレネットなどよりはよほど見ごたえのある代物が動いていた。

【注】
■クリアを目標…
今の(2010年)ゲームのサイズでは無理だと思う。ただそれでもウォルフはクリア率が半分近くあったはず。
■諦めてCDを突っ込んで…
PCエンジンのCDROMは「全くプロテクトがない」のでCD-Rがそのまま製品のPCエンジンで動いた。まあ当時、CDがほいほいコピー出来るご時世になるなんて誰も考えていなかったからだが。
■NECアベニュー
NECアベニュー → NECインターチャネル → インターチャネル/ホロン(現)
■日本テレネット
日本テレネット → ウルフチームにブランド統一 → 2007年実質倒産


 僕は気を取り直し、ノートパソコンを引っ張り出してマルチプラン(表計算ソフト)を立ちあげた。
 当時、パラメータゲームの攻略にはマルチプランは必須ソフトだった。
 パラメータゲームは、様々な種類のキャラクタを育てるコマンドを実行することで、様々なパラメータが上下し、それに応じてイベントやエンディングが変化するのが特徴だ。言い換えるなら、狙ったエンディングに到達するためには、パラメータ操作を自由にこなせることが重要になる。
 そのため、まず最初に全てのコマンドを数回試し、パラメータの変動がどれくらいあるかを確かめ(パラメータの変動には乱数が入れてあるので、数回調査して変動幅をチェックするのが重要)、マルチプランに入力しておく。
 そうすれば、プレイするときにパラメータ変化をシミュレーションすることが可能になるので比較的簡単に自分の思いのままのキャラクタを作ることが出来るわけだ。
 調べた結果は異様だった。
 どのコマンドを実行しても、ほとんどパラメータは下がらない。ゲーム内時間で3年もプレイすれば、サルでもスーパーマンになれるのは間違いなしだった。
 幼なじみの藤崎詩織を落とすために自分を鍛えるゲームのはずなのに「どのようにパラメータを上げるか」の戦略を組み立てるパラメータゲームとしては完全に破綻しているのは明らかだった。
「なんてワケのわからないゲームだ」
 僕は思わず独り言をつぶやいた。

【注】
■ノートパソコン
AT機ではないPC-9801のノートPC。当然動作はDOS。白黒。NSシリーズを使っていた。
■マルチプラン
EXCELのご先祖様。マイクロソフト製。初代EXCELはMac用。実はMac用に最初に作られ、後にWindowsに移植されたソフトなのだ。

 ワケがわからなくなることは、まだまだ次から次へと起こった。
 パラメータゲームの常識では、よほどパラメータを上げなければ藤崎詩織とデート出来るはずがないのに、2回目の電話で簡単にOKが取れ、あまつさえも「いい印象」とやらを与えられてしまった。
 パラメータを上げているうちに、ある日、片桐彩子と名乗る妙なアクセントで喋るキャラが登場した。それを皮切りに、鏡魅羅、虹野沙希…事前にはまるで知らなかった、情報もへったくれもなかった女の子が次から次へと登場した。
 各種パラメータをトリガーにして登場しているのはすぐに察しがついたが、問題なのは、それぞれの女の子に電話番号もデートもプロフィールも何もかも用意されていることだった。
 どの女の子とも藤崎詩織と全く同じレベルでデートをし、付き合うことが可能だった。どう考えてもお邪魔キャラではなく、藤崎詩織と同じ「ヒロイン」だった
 すなわち、それらの女の子とのエンディングもそれぞれ用意されている――多分「出てくる女の子全員分のエンディングが用意されている」であろうことを意味していた。
 明らかに何かがおかしかった。プレイする前に想像していたゲーム像から、あまりにかけ離れていた。
 時間が経ち、ゲームの1年分、実に1/3をプレイしていたが、僕は「面白い」とか「詰まらない」とか、何点と言った想像が全くつかなかった。何をどう書けばいいのかもわからなかった。
 これは異常極まりない話だった。
 レビュワーはプロのゲーマー、職業としてゲームをやる人間だ。
 だから、普通の人の何十倍もゲームをプレイしており、莫大なゲームに対する経験がある。そのおかげで、ほとんどのゲームはゲームを始めて15分もするとだいたいの点数とか、評価は出てしまうのだ(ちなみに、僕を例に出すと、1年で100本以上のタイトルをプレイし、60本以上クリアしたこともある)。
 15分もプレイすれば、操作性・グラフィック・サウンドは、同一ジャンルの他の作品と比較して、あっさり評価が出てしまい、さらに今までそのメーカーが出してきたソフトの出来や、15分間に得られたゲームバランスの情報から、どれくらい難しくなるか、だいたいどんな話になるかまで想像がついてしまう。
 余裕を持って考えても1時間プレイしてから書いたレビューと、最後までプレイして書いたレビューの差はほとんどないのが、プロのレビュワーなのだ。
 じゃあ、なぜ最後までプレイしていたのかといえば「最後までプレイするのが礼儀でしょう」に加え「確認」の意味が一番大きかった。
 最後までプレイして「ああ、やっぱり65点ね」というわけだ。
 だから、数時間を投入して「何点つければいいのか」、「面白いのか」といった判断が出来ないこと、それ自体が異常事態だった。
 プレイを続けるしかなかった。
 頭の中から『Final FantasyVI』の事はきれいさっぱり消えていた。
 2年目の体育祭(春にある)を迎えたあたりで「『ときめきメモリアル』は面白いゲームかも知れない、少なくとも、かなりとんでもないのは確かだ」と確信を持ちはじめていた。
 その確信は、2年目の春のデートをしてから、強くなっていた。
 当時の常識的なゲームの作りで「一度通用した手が2回目には通用しなくなる」なんてことはあり得なかった。だから『ときめきメモリアル』でも、一度デートに行って気に入れば、何度でも同じ場所が使えると考えるのが当たり前だった。
 そして藤崎詩織には「春の公園」が受けることがわかっていた。
 印象を良くして好意度(これがあることはステータス画面から分かり切っていた)を上げようと、また「春の公園のデート」に誘ったが、なんと2回目はセリフも受け答えの選択肢も違ううえに、イマイチ受けなかったのだ。
 僕はびっくりして、即時3度目のデートを敢行した。3回目も違う受け答えで、さらに印象は悪くなった。いくつかのデートスポットで連続的にデートを行ってテストを行ってみた。
 呆れることに、全てのスポットに好き嫌い(デートをなかなか受けてくれない場所があるので気がついた)が用意されており、なおかつ全てのスポットで違う受け答えを用意する、作り手として見れば、途方もなく手間のかかる方法を取っていた。
 他に登場していたキャラクタを使って、いろいろな場所でデートしてみた。全てのキャラクタに数回分の受け答えが用意されているのは間違いなかった。
 すなわち、このゲームを調子良くクリアしようとすれば、そのキャラクタの好みを知り、そこで完璧にデートを行うことが要求されている――想像以上に奥の深いゲームだった。
 そして――『ときめきメモリアル』が面白い、と確信した瞬間がやってきた。
 いつものようにデートの誘いの電話を藤崎詩織にかけた時だった。
「はい、藤崎です」
「もしもし、ぽんこつですが」(「ぽんこつ」は僕がレビューをやるとき、使う名前)
 と画面に表示されたそのとき――
「あっ…ううん、なんでもないの」
 なんとも色つやのある声だったと覚えている。この時の声は「特別」だった。
 どっひゃーん!
 頭の中のネジが一本、音を立てて弾けた気分だった。
 藤崎詩織を落とすゲームではないことには、さすがに気がついていたし、好意度で表情が変化するのもわかっていた。とんでもない量のセリフやイベントが入っていることも、この頃には、おぼろげながら想像はついていた。
 だが「電話の受け答え」のようなルーチンワークな部分まで、好意度によって受け答えを変えるなんて面倒臭いことをやるのは、想像を絶していた。
 こんなルーチンワークな部分まで細かく作り込まれているゲームが、それ以外の所に手を抜いているわけがなかった。
 『ときめきメモリアル』は、メチャクチャ細かい部分までプログラムとデータを用意し、ゲーム展開が千万変化する、一度や二度のプレイでは全くその全容をうかがい知ることの出来ない、莫大なデータを駆使して、架空の女の子を好きな気分にさせる、とんでもない怪物ゲームだった。
 怪物さ加減は、ゲームをプレイするに従い、ますますエスカレートした。
 ある種の条件を満たすと(発生率は低いようだったが)スペシャルな1枚絵が表示される、ゲーム中、一度しかない修学旅行が3つの場所から選択出来る、学園祭の催し物が毎年全て変化する、さらに学園祭の催しに誰を連れて行くかで起こるイベントが変化する…
 ゲームを作る人間として、普通なら真っ先に削るような1000人に1人しか見ないような部分にまで、恐ろしいほど周到にデータが用意されていた。
 あらゆる場所、あらゆるイベントにセリフが複数用意され、全てのセリフに音声がつき、なんらかのパラメータ操作や処理が行われているのは疑いもなかった。
 こんなゲームは見たことなかった。
 次に何が起こるか、どんなイベントが待っているのか、どんなセリフでドキドキさせてくれるのか…先を見たくてしょうがなかった。
 やめられるわけもなく、僕は夢中になって、ひたすらプレイし続けた。
 朝になっていたが『ときめきメモリアル』のレビューは終わっていなかった。徹夜だったが、全く眠くなく、プレイを止める気にも全くならなかった。
 一般性があるかどうかの自信はまだなかったが、CDであることをフルに活用して、途方もない量のデータとイベントをブチこみ、そしてあらゆる場面、あらゆる状況を予測し、その全てに対してフォローを行う、ゲームを作る人間なら一番作りたくない、途方もないゲームであるのは疑いもなかった。
 一体、何点をつければいいのか、そして何を書けばいいのかはまだまとまっていなかったが、自分の個人的な評価としては、突き抜けた面白さのゲームなのは間違いなかった。
 絶対に製品版を買って、徹底的にプレイしようと心に誓っていた。
 そして、とうとう卒業式がやってきた。
 徹底的にプレイしたのだから、藤崎詩織に決まっていた。
 自信はあっても、選ぶのはプログラムだ。どんな間違いがあるかはわからないし、もしかしたら乱数が入れてあるかも知れなかった。
 最後の日にセーブを行うと、卒業式に向けて日付を進めた。
 次の瞬間、画面は暗緑色になり、簡単なメッセージが表示された。

あなたの相手は藤崎詩織でした。
点数は??????点
ランクはAでした。
【注】
劇的かつ面白くするために電話の瞬間に面白さに気がついたような書き方になっているが、もちろん電話を聞いた瞬間にこのゲームは面白いに切り替わったわけではなく、プレイしながら「これは自分の知っている範囲のゲームにないので、味が分かるまで時間が掛かったが、面白いゲームではなかろうか?」と思い始めていたというのが正しい。
書いている以外にも、最初の1年目で縁日があったり、体育祭があったり、学園祭で「催し物の数が毎年別のイベントを見たとしても、絶対に一回のプレイで全部を見ることが出来ないだけの数」が用意されていたり、パラメータゲームの常識を覆すように女の子(最初はサブヒロイン? とか思ったりした)がバンバン出てきたり、その女の子達が会う毎に違うセリフ言ったりと、今までのゲームの常識からは考えられないぐらいシチュエーションに対するセリフやイベントが徹底的に作られていて、そのうえ、女の子のディテールも、今までのギャルゲーの常識を越えると来れば、そりゃ「面白いのではないか?」と考え始めるに決まっている。
そして、それがほぼ確信に変わったのが2年の春のデートで、電話のあたりでは「これ、面白いだろ」と思っていて、電話が最後の一押しをしたのが真相。ただ、電話の声は全くの不意打ちで「まさかこんな仕掛けが入れてあるとは」と、ものすごく印象的だった。
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3件のコメント

  • AGENT: Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 6.1; ja; rv:1.9.1.8) Gecko/20100202 Firefox/3.5.8
    こういう風に作り手側が異常に情熱注いで細部まで作り込んだゲームというのは、
    大体後にゲーム史に残るターニングポイントになるものが多いですね。
    PCエンジンのときメモがゲーム史に恋愛ゲームというジャンルの確立したのは確かで、
    そしてそれがハードの末期に出たというのもなんかこう来るものがあります。
    ああ、PCエンジン捨てずに遊んでて良かったと、次世代機登場の前のいい締めでしたね。
    話変わりますけど、岩崎さんの当時のレビュー時にプレイされてたPCエンジンのハードは、
    どの機種を使っていましたか?私はときメモの頃はPCエンジンDUO-Rを使ってましたけど、
    場面転換の読み込み時に起こるCDのリードエラーによるフリーズには相当悩まされましたね。
    プレイヤー側の蓋を開けて閉め直すなど、強引に再読込させ再起動で凌いだりと、色々とやって
    試してたのも懐かしい思い出です。時には蓋開けた瞬間にCDが飛び出してきたこともあったりw

  • AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.0; Trident/4.0; GTB6.4; SLCC1; .NET CLR 2.0.50727; Media Center PC 5.0; .NET CLR 3.5.30729; .NET CLR 3.0.30729)
    ぼく自身はこの手のゲームをあまり遊ばないのですが、普段評価の厳しい岩崎さんがベタ褒めしてたので半信半疑で購入しました。
    しかも、前日にフラゲ出来る店に行ったものの、まだ並べられていないので、そわそわしながら店内で時間をつぶしたり…(笑)
    実際に遊んでみて、あまりに面白いので友人宅に持って行ってやらせたら、その日の内に買いに走って続きをやったという思い出も。
    その後の品薄とか考えると、発売して最初の週末だったからぼくの友人は難民化しないで済んだみたいですね。
    当時のパソコン通信の状況は詳しくないのですが、岩崎さんの布教活動(?)以外にも大いに盛り上がっていたのでしょうか?

  • AGENT: Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 5.1; en-US) AppleWebKit/532.5 (KHTML, like Gecko) Chrome/4.1.249.1064 Safari/532.5
    >>も様
    >その後の品薄とか考えると、発売して最初の週末だったからぼくの友人は難民化しないで済んだみたいですね。
    当時はインターネットがありませんから、情報伝達速度が遅く、口コミで広がって完全に売り切れるまで時間が掛かったのです。現実にニフティでも「面白い」とみんなが書くようになるまで一週間ぐらいはかかっていると思います。
    >当時のパソコン通信の状況は詳しくないのですが、岩崎さんの布教活動(?)以外にも大いに盛り上がっていたのでしょうか?
    これはさっぱりわかりません。
    当時は大きなパソ通というと、ニフティ・PCVAN・ASAHIネット・アスキーネット・日経MIXあたりだと思いますが、自分が主に根城にしていたのがニフティだったので、他はよくわからんのです。
    >>はちはち様
    >PCエンジンのときメモがゲーム史に恋愛ゲームというジャンルの確立したのは確かで、
    実は恋愛ゲームを確立したのはPS1なんです。この同人誌は、実はそれについて語った本なのです。まあそれは次のお楽しみってことで。
    >話変わりますけど、岩崎さんの当時のレビュー時にプレイされてたPCエンジンのハードは、
    >どの機種を使っていましたか?
    PCエンジンCDROM2システムをずっと使っていて(ただし実はROM2は少しACが弱い欠点があったのでACアダプタは交換してました)、後にDUOですね。DUOはすごく気に入ったハードで2台買ってます。

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