近況 at 2026.07.04

●コミケの新刊の進行状況。
■ハドソン伝説9
取材をしていて、今、エラかった人にいろいろ聞いているところ。
最近、google chatでエラい人に繋がったので、イロイロ聞いているところなのだ。
それから原人系は阿部さんに聞いているのだけど、なんとロカビリー天国では、みんな歌を歌っていて「なんでそうなったんですか?」と経緯を聞いている。
ハドソンの柴田君まで歌っていて面白すぎる。
■ハドソン伝説特別編:スターソルジャー40周年記念本
高橋名人がブレイクするまで+ファミコン版開発の経緯+技術関係の話+MSX版の話+シューティングコレクションの話となる本なのだけど、やはり『スターソルジャー』に繋がる名人がブレイクした話を書かないとなあというわけで、営業の高橋さんが、高橋名人になる瞬間の1985年3月に開催されたコロコロまんが祭りのことを調べていた。
そこで「スターフォースの連射に一気にガキが集まって、名人に兄弟でシャツの背中にサインをしてもらった」という証言をXでもらい、ゴキゲンになってます。
こういうのあると嬉しい。
あと、野沢さんが思い出すかもということで、野沢さんにpdf渡して読んでもらってます、はい。
オマケ:MLPの話
僕の代表作…というと、普通は『イースⅠ・Ⅱ』、『天外Ⅱ』、『エメラルドドラゴン』、『リンダキューブ』のPCエンジン時代の5作のどれかを挙げる人が多いだろうが、実はとんでもない作品がある。
それがスマートフォン向けゲーム”My Little Pony : Friendship is Magic”。
(現在はMagic Princess。MLP:FiM とか MLP:MPとか略される)。
ゲームロフト・ニュージーランド時代に作った作品だ。
どれぐらいとんでもないかというと、運営が始まって14年、ダウンロード数は約3億、稼いだ金ももちろんとんでもない。
プレイした人数(億人単位だよ)・稼いだ金、ともに自分のキャリアの中では圧倒的で、収益・ユーザー数の観点からは、これを超える作品を作れることは、自分の残りの一生の中で、まず間違いなくないだろうと断言出来てしまう作品だ。
ところでMLPは、もともとはMLPのゲームではなかった。
スタジオのデザインディレクターに就任した当時、制作が進行していたゲームは靴屋・カジノ(これは非常に紆余曲折がある)・動物病院・ポニーの4作だった(ちなみにまだゲームデザイン段階だった。スタジオ出来て1年だったのだ)。
このうち靴屋は市場がどうもなさそうだということになりキャンセル。そして動物病院のゲームは「ライバルが強すぎる」ということでキャンセルになる。
それで代わりにまず”Wonder Zoo”という動物園ゲームを作ることになり、これがデザインディレクターとしてのデビュー作。
そしてカジノに並行して、ポニーを進めていたら、スタジオディレクターから「ちょっとその進行止めて」で、ポニーをキャンセルして、代わりに作れと言われたのが、ハズブロの”My Little Pony”と”Littlest Pet Shop”。
HQがスタジオはポニーのゲームを作っていたんだから、なんとかなるだろうと持ってきたわけだ。
こうして、Littleest PetshopとMLPの2つを作ることになり、僕はウン億ダウンロードされたゲームを作ったスタッフの上から4番目ぐらいにクレジットに掲載されることになったのである。
オマケのテキストをファンクラブ版にはつけているんで、興味があればどんぞ。
幼い記憶をたどり振り返ってみても、コロコロが企業の広報さんを子どものヒーロー化してしまう現象は本当にスゴいわけのわからない力があるとしか思えませんでしたね。
名人対決の映画(高橋名人と毛利名人とがスターソルジャーで対決)まで制作/公開されるのは今日的な視点で考えても何があったのか知りたいことも多いので、どんな物が書き上がるか楽しみになりそうです。
あとは、同時期のコロコロの展開だと当時タミヤ模型の社員の前田靖幸さん(前ちゃん)もすごく人気ありました。(※なお、前ちゃんはタミヤ退社後しばらく旧スクウェアに籍を置いていた時代があります)、そのような事例で子どものヒーロー化した人物は多いのですが、高橋名人の一件は特ににコロコロに出て人生大きく変わったと言っても差し支えなさそうな代表的な事例ですよね。