Hi-Tenボンバーマンの作者と制作環境

高橋名人が世界初のハイビジョン専用ゲーム『HI-TENボンバーマン』のディスクを入手。ゲーム保存協会へ保存

この記事(元になっている高橋名人のブログ記事)がツイッターのTLに流れてきた。
それでTLで聞かれたのが「ソースは残ってないんでしょうかね?」
こういうのは元ハドソンのいかにもやってそうな人たちに聞くに限る…

というわけで、ちょっとfacebookで聞いてみたところ、いろいろ細かいことが分かったので、記事として残しておきたい。もちろん、みんなにOKはもらっている。

登場人物は以下

  • 飛田→飛田 雅宏さん
    泣く子も黙る桃太郎伝説や桃太郎電鉄のプログラマ。X68KのAS/LKとかファミコン&PCエンジン&SFC用のAS/LKとか、SDとかivとか、ジャン狂とか、その他いろいろの作者。
  • 野沢→野沢 勝広さん
    泣く子も黙るスターソルジャーの作者…として多分一番有名。実はチャレンジャーの横スクロール面の作者だったりするし、MZ-80KのFORMというTiny Fortranの作者だったりするし、あとPCエンジンのカトちゃんケンちゃんの作者だったりもする。
    僕にとってはPCエンジンのカラーコントローラ鉄観音の仕様とかラスターの仕様を後出しで教えてくれる困った人w
  • →星 恵太君
    確か88年入社。サウンド屋。凄ノ王伝説、イース、天外Ⅱと、僕とはつきあっていたりする。
  • 岩崎→わて
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2011年にGAMELOFTでやったDaily Rewardのプレゼンのメモ

ツイッターで、ログインボーナスのブログの記事をたまたまひいて、そういやこんなテキストがあったなと思い出したので、ちょっとした資料としてメモ書き代わりに残しておくことにした。

これは2011-12にゲームロフトNZにいたとき、スタジオのみんなを説得してDaily Reward(今でいうログインボーナス)を止めようって話をしたときのプレゼンの元になったメモだ。
いつものテキストとはかなり雰囲気が違うのだけど、見やすくする以外はほぼ加工せずに載せておく。

以下、メモ本文。

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2000年4月23日

これは約20年前に開催された『リアルこみパ』にサークルとして参加した時のレポートで、ある同人誌に掲載されたテキストだ。
ある同人誌に収録された経緯は最後まで読んでくれればわかる。

ファイルの整理をしていたら、たまたま見つけて、リアルこみパの雰囲気をよく書けている結構面白いテキストだと思ったので、歴史の一つとして残るようにブログに掲載しておくことにした。
ただ、当時のサークル名やスタッフ名をそのまま出すのはナニだと思ったので、そこは伏せさせてもらった。

ところで、いかにも20年前の僕っぽい文章の書き方で、いろいろ手直ししたいのだけど、やってしまうと文章の雰囲気を壊しそうなので、読みやすく成形したことを除いて、ほぼ何も触っていない。

それでは、お楽しみください。

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なぜノベルゲームは日めくり方式が主力になったのか?

ツイッターで書いたことをもうちょっと整理した版。

なぜエロゲーの作中期間は短いのか?

大変に面白いテキストだったんだけど、技術だけじゃなくて歴史もあると思う…というか、技術より歴史の方が遥かに理由として大きいと思う。
なので、以下、「どうしてノベルゲームは一日単位が常識になったのか?」について、僕がこれが理由だろ? と思っている歴史について書いておきたい。

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電撃オンラインを立ち上げたとき

なんかのはずみでツイッターに流れてきた、ムチャなサーバーの話から思い出して、残しておこうと思ったオーラルヒストリー的な話。

電撃オンラインというサイトがあるのだけど、これがスタートしたときの、世にもバカバカしい話。

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Word pressに移行した

このblogを最初に作ったときには、まだmysqlが簡単に実行できるレンタルサーバーは珍しくて、wordpressやmovable typeを実行するのはかなり難しかった。
で、あいざわひろしがいわゆる美少女系なので、規約に引っかからない独立したサイトであることが望ましくて、選定して使っていたのが blognplus というマイナーだけど、ワリといろいろ出来たCMS。
これがなんとテキストベースでDBが動くという代物で、なんとかなったのだ。

で、blognplusをず~~~っと使っていたのだけど、ともかくphpという言語は問題が多くて、バージョンが上がるごとにイロイロ動かなくなる。
そのたびにblognも結構バージョンアップしていたのだけど、なんと2年ほど前にメンテナンスを終了してしまった。

まあ、それでもなんとかしてきたのだけど、とうとう5.6→7.2のバージョンアップで、なんともならなくなって、どうしようか迷ったのだけど、全面的にwordpressに移行することにした。

いろいろwordpressも気に入らないところがあるのだけど、まあこれならしばらくは苦労するまい。

ところで古いリンクのために出来るだけblognplusは生き延びさせる予定なので、趣味のメンテナンスとして、7.2で動くblognplusにアップデート中であるw

イースⅠ・Ⅱ通史(4):『ロマンシア』とPC-9801VM

このシリーズは様々な人から聞いて、どうやら(だいたい)はっきりしたパソコン版の『イース1』から、海外版PCエンジン版(TurboGrafx 16)の『イースⅠ・Ⅱ』までの通史として、出来るだけ当時の事情なども織り込みつつ、書いていこうというシリーズだ。
だから85年あたりから話は始まり、90年5月で終わることになる。
またそもそも30年も昔の話で、連絡が取れない人が多くて(鬼籍に入られた方もおられる)、ある意味、間接的な「様々な人から聞いて、どうやらこうらしい」という話の部分が多々あり、こうだろうと推測して埋めているところもあるので、知っておられる方は遠慮なく教えてくれるととても嬉しい。
それからコメント欄は承認制なので「表にするな」と書いてくれれば、表にしません。

というわけで…

前回、86年10月にPC88版の『ロマンシア』と『アステカ2』が発売されるまで話が進み、かなり『イース』の開発に近づいてきたわけなのだけど、ここで驚くべき事実が判明する。

■ファルコム関係者の証言
橋本さんがスクロールルーチンをそのまま使ったかどうかは分かりませんが、スクロールの仕組み自体は『ロマンシア』から来ていると思われます。
というのも橋本さんが新企画を立ち上げる際に木屋さんが、開発ツール一式とロマンシアのソースを提供されていました。

僕はこの話を聞いたとき、最初マジか? と思い、しばらく考えて、これはたぶん正しい歴史だと判断した。
つまり『イース』は『ロマンシア』のスクロールをベースに作られたコアコードの可能性が高い、僕は判断したということだ。
ただし『イース』は、いくつかの点で明らかに『ロマンシア』から拡張されたスクロールになっているので『ロマンシア』のソースを橋本さんが読んで「なるほどこうやるのか」と理解し、そのうえで書き直され、改良されたスクロールなのだと思っている。
また、これは僕の想像だが、たぶんほぼフルスクラッチ(最初からの意味)で書き直していると僕は思っている。なぜなら、当時はそれぐらいやっても辛くない程度のサイズだからだ。
以下でそのロジックを説明していきたい。

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イースⅠ・Ⅱ通史(3):『リグラス』から『ロマンシア』

このシリーズは様々な人から聞いて、どうやら(だいたい)はっきりしたパソコン版の『イース1』から、海外版PCエンジン版(TurboGrafx 16)の『イースⅠ・Ⅱ』までの通史として、出来るだけ当時の事情なども織り込みつつ、書いていこうというシリーズだ。
だから85年あたりから話は始まり、90年5月で終わることになる。
またそもそも30年も昔の話で、連絡が取れない人が多くて(鬼籍に入られた方もおられる)、ある意味、間接的な「様々な人から聞いて、どうやらこうらしい」という話の部分が多々あり、こうだろうと推測して埋めているところもあるので、知っておられる方は遠慮なく教えてくれるととても嬉しい。
それからコメント欄は承認制なので「表にするな」と書いてくれれば、表にしません。

ところで、とてもバカらしいのだけど書いておくけれど、これは「イース通史」で、パソコンの通史ではない。そしてイースは最初に88MkⅡSR用に開発されているのだから、主要な話は88に決まっている。基本的に他の機種の歴史のウェイトは低いし、スルーしているところもたくさんある。もう一度書いておくが、これはイース通史で、パソコン通史でも、MZ通史でも、FM通史でも、MSX通史でもない。

というわけで、86年初頭に(85年末には話題になっていたらしいが)『リグラス』がリリースされて「88でカラーでスクロールするゲームが制作可能だ」という認識が出来た86年に話は進む。
ここで話はいよいよファルコムに移る。

ところで『リグラス』にしても『イース』にしても、当時は滑らかにスクロールすると表現されたけれど、今の目から見ればガタガタスクロールだし、解像度だって640×200で、今の感覚からしたらありえないほどの低解像度だった。

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『ジャッジアイズ』が「ちょ、まてよ」なぐらい面白かったよ

制作の人たちに向けたラブレター、みたいなものだと思って読んで欲しい。
正月、“JUDGE EYES:死神の遺言”、いわゆる『キムタクが如く』というやつを遊んでいた。

好みの問題はあるというのは前提にして、龍が如くシリーズの中では会心の出来というのが、僕の評価だ(同じ開発チームで、ゲームの構造が同じなのでシリーズ扱いさせていただいている)。

なぜそう思ったのか?
もちろん単純にゲームとして面白い

まずなによりメインストーリーがとても面白い
最初のうちは提示される情報が非常に断片的で、わりと漫然とプレイしていたのだけど、6章あたりから提示された断片が繋がりだして事件の骨格が見えてきてからは興味がどんどんひかれて、9章からあとはやりこみ要素の事なんか忘れて、一気にメインストーリーを追ってしまう面白さだった(実際10-13章は一気にやってしまった)。

最後の方で「ちょ、これホラーゲーム」となるところとか、あと「ちょ、こんなに早くは…無理あるっしょ」ってところはあるけれど(ネタバレはしたくないので曖昧にしか書かない)、それはまあ映像で見せないとダメなので仕方ないと思うし、シナリオの仕掛けや伏線が見事に回収されていくサマはたまらなく気持ちよく、クライマックスでの悪役が笑う所とか、オチまで含めてほぼ文句なく楽しませてもらったのは間違いない。

ぶっちゃけ、個人的には2が出たら必ず買うレベルの面白さだった。

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イースⅠ・Ⅱ通史(2):『アルフォス』から『リグラス』まで

このシリーズは様々な人から聞いて、どうやら(だいたい)はっきりしたパソコン版の『イース1』から、海外版PCエンジン版(TurboGrafx 16)の『イースⅠ・Ⅱ』までの通史として、出来るだけ当時の事情なども織り込みつつ、書いていこうというシリーズだ。
だから85年あたりから話は始まり、90年5月で終わることになる。

あと『イースⅣ』をハドソンが作ったとき、実は何があったのかを様々な所から知れたので書きたいのだけど、これについては25年経っても書いていいか、少々わかりかねる「エーッ!?」なところが多いので…まあオプションとしておきたい。

内容的に『イースを作ったころ』と重なるのもあって、一度『イースを作ったころ』は記事は削除しようか迷ったのだけど、比較することで、何がわかったのかがわかるようになるなと思ったので残すことにした。
あと、出来るだけいろんな資料で補足はしていて「大枠は間違っていない」のには自信があるが、30年以上も前の話で 細かな間違いは結構あると思うし、もちろん僕が知らず、まあこうだろうと推測して埋めているところもあるので、知っておられる方は遠慮なく教えてくれるととても嬉しい。
それからコメント欄は承認制なので「表にするな」と書いてくれれば、表にしません。
と、少し長い前書きを書いたところで、まず前回のエラッタ。

・漢字ROMの搭載は88MkⅡからだった。
FRだったかで第二水準まで搭載するようになったのと頭の中で混ざっていたのだと思う。
・GVRAMがサイクルスチール化
これでそもそもGVRAMのアクセスが速くなってますよ、忘れてませんか? という指摘がありました。忘れてました、ゴメンナサイw
というわけで、本編に入る前に1983-86年ごろのPCゲームでの常識と後にイースに関係する歴史を書いておきたい。

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