2010-10-13 Wed [ 日記 ]
自分の界隈では話題になっていた
■ コンピュータ将棋が女流王将に勝利
これについて。
僕は、コンピュータ側にいる人間ではあるけど、無差別で、強引に勝っただけでしょ? と思ってしまう。
レギュレーションのねえ勝負しても、どっちが勝ったなんてわかるわけない。無差別デスマッチって話をするなら、人間側もプロ棋士山のように並べるって戦略だってあり得る。
また、人間側の肩を持って169vs1だとかいう表現する人もいるが、それもおかしいと思う。人間とコンピュータは違いすぎて比較することは出来ない。
そんなんいったら数兆のネットワークVSたったの169って言い方だって出来るので、水掛け論だ。
でも、実はどちらも納得できる比較がある。それは消費エネルギー。
簡単に書けば「燃費は同じにしようよ(少なくともあんま文句の出ない差にしよう)」ってことだ。
人間1時間あたりの消費電力はだいたい電球一個100Wぐらいといわれてる。
これをモロに適用すると、ノートパソコンより電気を食わないぐらいで人間に勝てって話になるけれど、動作原理が違うわけで、どうしてもコンピュータ側に不利すぎるから、3-5倍ぐらいはしてあげないときついだろう。
だから、コンピュータに有利に色付けして500wとして、消費電力500W(以下)で勝ったら、初めて人間に勝ったといえる気がする。
いったいどんだけの電気使ってたのか知らないけれど、今回のコンピュータを例えるなら、リットル3メートルしか走れないぐらいガソリン燃やしてプリウスにレースで勝ちましたって話にしか思えないよなあ、と思ったのだった。
(そしてはそれはチェスでも同じだと思ってる。そういう意味では、僕はいまだ、コンピュータは一度もまともに人間には勝っていない、と思ってる)
■ コンピュータ将棋が女流王将に勝利
これについて。
僕は、コンピュータ側にいる人間ではあるけど、無差別で、強引に勝っただけでしょ? と思ってしまう。
レギュレーションのねえ勝負しても、どっちが勝ったなんてわかるわけない。無差別デスマッチって話をするなら、人間側もプロ棋士山のように並べるって戦略だってあり得る。
また、人間側の肩を持って169vs1だとかいう表現する人もいるが、それもおかしいと思う。人間とコンピュータは違いすぎて比較することは出来ない。
そんなんいったら数兆のネットワークVSたったの169って言い方だって出来るので、水掛け論だ。
でも、実はどちらも納得できる比較がある。それは消費エネルギー。
簡単に書けば「燃費は同じにしようよ(少なくともあんま文句の出ない差にしよう)」ってことだ。
人間1時間あたりの消費電力はだいたい電球一個100Wぐらいといわれてる。
これをモロに適用すると、ノートパソコンより電気を食わないぐらいで人間に勝てって話になるけれど、動作原理が違うわけで、どうしてもコンピュータ側に不利すぎるから、3-5倍ぐらいはしてあげないときついだろう。
だから、コンピュータに有利に色付けして500wとして、消費電力500W(以下)で勝ったら、初めて人間に勝ったといえる気がする。
いったいどんだけの電気使ってたのか知らないけれど、今回のコンピュータを例えるなら、リットル3メートルしか走れないぐらいガソリン燃やしてプリウスにレースで勝ちましたって話にしか思えないよなあ、と思ったのだった。
(そしてはそれはチェスでも同じだと思ってる。そういう意味では、僕はいまだ、コンピュータは一度もまともに人間には勝っていない、と思ってる)
2010-10-08 Fri [ 昔のこと ]
前回はコレ
以下、本文。
田町にあるNECの本社ビルはびっくりするほど大きくて、さすが天下のNECと呆れたのをよく覚えている。とは言っても、待ち合わせ場所に迷うことはなく、すぐにTKさんと会えた。そして二人で5階あたりの会議室に移動して、相手が来るのを待つことになった。
僕は気楽なものだった。
NECからなんで呼び出されたのか知らないが、言われたとおりBASICしか使っていないし、ルーチンが動くのも確かだ。まあ仕様の報告ぐらいだろうと思っていた。
それにCD-iのミーティングと違って、英語じゃないしフィリップスの連中と喧嘩する必要もない。全くノンビリして問題のないミーティングだった。
会議室で待ってたところに入ってきたNEC方は記憶では4人。エラく険しい表情で入ってくるや否や、席につくと…
「始めましょうか、TKさん」
確か銀縁の細いフレームのめがねをかけたオジサンと記憶している人が口火を切った。(今ならもう部長とかそういうところにいたり、下手したらそろそろ退職の年齢だったり、退職してリタイアしてたりするのではなかろうか。以降、銀縁オジサンと書いておく)
普通なら、最初に名刺交換やらお互いの自己紹介があり、それから会議に入るのが世界共通のビジネスミーティングの流れだが、そういった事前の儀式が全くなかったので、どうしていいかわからず、あぜんとしている僕を、銀縁オジサンはジーッと見ながら言った。
「メインプログラマの方ですよね?」
「は?」
銀縁オジサンのおっそろしく厳しい声に、僕はとても間抜けな返事を返した。
続きを読む▽
あらすじw
1987年、CD-iにウンザリしていた僕は、KMOで仕事をしていた知り合い編集SKさんの誘いに乗り、ハドソンでゲームを作らないかという話にダボハゼのように食いついた。
そしてハドソンにプレゼンを行い、首尾よくサイキョーRPGを作れそうになったところまではよかったが、うっかりCD-iの仕事をしていると話したことで、中本さんにCD-ROMの話を根掘り葉掘り聞かれる羽目になり、エラい目に合ってしまう。
そんなわけでKMOの仕事を断りにくくなった僕に、メインプログラマがパンクしているので新しい88のサウンドルーチンを書いてくれ、との依頼が舞い込む。
首尾よく書き終わって渡して数日後、なぜかNECに一緒に来てくれ…ということになり…
1987年、CD-iにウンザリしていた僕は、KMOで仕事をしていた知り合い編集SKさんの誘いに乗り、ハドソンでゲームを作らないかという話にダボハゼのように食いついた。
そしてハドソンにプレゼンを行い、首尾よくサイキョーRPGを作れそうになったところまではよかったが、うっかりCD-iの仕事をしていると話したことで、中本さんにCD-ROMの話を根掘り葉掘り聞かれる羽目になり、エラい目に合ってしまう。
そんなわけでKMOの仕事を断りにくくなった僕に、メインプログラマがパンクしているので新しい88のサウンドルーチンを書いてくれ、との依頼が舞い込む。
首尾よく書き終わって渡して数日後、なぜかNECに一緒に来てくれ…ということになり…
以下、本文。
田町にあるNECの本社ビルはびっくりするほど大きくて、さすが天下のNECと呆れたのをよく覚えている。とは言っても、待ち合わせ場所に迷うことはなく、すぐにTKさんと会えた。そして二人で5階あたりの会議室に移動して、相手が来るのを待つことになった。
僕は気楽なものだった。
NECからなんで呼び出されたのか知らないが、言われたとおりBASICしか使っていないし、ルーチンが動くのも確かだ。まあ仕様の報告ぐらいだろうと思っていた。
それにCD-iのミーティングと違って、英語じゃないしフィリップスの連中と喧嘩する必要もない。全くノンビリして問題のないミーティングだった。
会議室で待ってたところに入ってきたNEC方は記憶では4人。エラく険しい表情で入ってくるや否や、席につくと…
「始めましょうか、TKさん」
確か銀縁の細いフレームのめがねをかけたオジサンと記憶している人が口火を切った。(今ならもう部長とかそういうところにいたり、下手したらそろそろ退職の年齢だったり、退職してリタイアしてたりするのではなかろうか。以降、銀縁オジサンと書いておく)
普通なら、最初に名刺交換やらお互いの自己紹介があり、それから会議に入るのが世界共通のビジネスミーティングの流れだが、そういった事前の儀式が全くなかったので、どうしていいかわからず、あぜんとしている僕を、銀縁オジサンはジーッと見ながら言った。
「メインプログラマの方ですよね?」
「は?」
銀縁オジサンのおっそろしく厳しい声に、僕はとても間抜けな返事を返した。
続きを読む▽
2010-10-04 Mon [ 昔のこと ]
iphone版のR-TYPEをプレイして血管がキレそうになったとき思い出したPCエンジン版の話。忘れないうちにツイートしたのに付け加えてブログ化。
PCエンジン版のR-TYPE1/2は、当時のハドソンのエースプログラマの1人、和泉さんが率いていたチームが移植している。このチームはアーティストを一部入れ替えただけで、次にネクタリスを作った。
サブプログラマが2人いたんだけど、そのうちの1人は、ネクタリスの後で企画寄りに異動して、イース1・2の手伝いをして、さらにぎゃんぶらぁ自己中心派の管理をすることになり、その後もディレクターって名前で結構ハドソンのゲームに出ていたんだけど、今はナニをしているか知らない。けっこー仲良かったんだよね。
で、僕は、和泉さんチームが実質お休みでネクタリスの企画のためにいろんなSLGを研究していたとき、ちょうどハドソンに行って仕事を始め、フツーの人よりはボードゲームやSLGのことを知っていたのもあって仲良くなっていたので、R-TYPEの話を和泉さんを始め、チームの連中からイロイロ聞けたわけだ。
移植に関しては、和泉さんは「オリジナルと全く同じプレイが出来る」を目標に移植した。だからアーケードの攻略パターンは完璧に使える…つっか、暴走(ハングアップ)以外のバグまで含めて移植されている。和泉さんは本当はハングアップおよびゲームが進行しなくなるバグまで移植したかったらしいのだけど、それだとユーザーが許さないだろうから諦めたといっていた。
当時のカードの容量の都合でパート1と2に分かれたけれど、移植としてはほぼ完璧だと思う。つっか、あれ以上の移植はムリ。
ところで、ほぼ完璧なPCエンジン版の移植だが、2つ、和泉さんがオリジナルから移植しなかったものがある。
一つが処理落ち。当時のゲームは描画とプログラム内部の処理が完全に同期していたので、一定以上(16.7ミリ秒ほど)処理に時間がかかると、速度が2倍になる現象が発生した。
具体的な書き方をすると、弾が多くなったり、敵が多くなったりするとゲームの進行速度が落ちる現象だ。
これを当時の開発者は「スロー」とか「処理落ち」とか「Vまたぎ」とか呼んだのだが、PCエンジン版はアーケードで処理落ちするところで処理落ちしない。
PCエンジンが当時のゲームマシンとしてはかなり高速で、かつ和泉さんの技術が優れていたから出来たことで、もちろんすばらしいことだが移植としてはどうなんだというので、和泉さんは「処理落ちを意図的に起こすべきか」で悩んだらしい。
結局、遅くするのは我慢できないということで、やめた、といっていた。
そしてもう一つ移植しなかったのが、アドバタイズデモ(電源を入れて放置しておくと行われるゲームプレイデモ)だ。
和泉さんはアーケード版のデモがかっこ悪いのが我慢できなくて、プレイデモは全部ハドソンで収録したものを使っている(実際、僕に「アーケードのデモはさ、全然やる気がなくてひどいんだよね」って言っていた)。
…上で、収録と書いたが、実際はどのようにしてデータを作ったのかというと、開発機の上で「プレイデータ」をいわば録画できるようにして、それでプレイしてもらうことで作ったわけ。乱数の全く入っていないシューティングだからやれる技だ。
プレイしたのはアーティストの角谷君。超越的にシューティングのうまい男で、ブッチーと並ぶハドソンのシューティングゲーマーだった。
彼の作ったデモはとてもスバラシイ出来で、R-TYPE1の4面のデモとか、R-TYPE2の6、7面(2では2、3面目)のプレイデモとか、超見る価値あるのでお勧め。特に7面デモは復活パターンの見本のような華麗なプレイなので、ぜひ一度見て欲しいと思ってしまう。
ちなみに、角谷君曰く、R-TYPEは残り何バイト単位でメモリが数えられるぐらいメモリがなく、アドバタイズデモもデータを圧縮していれるような状態で「メモリないから弾撃つな」だの「あまり動くな」だのと無茶苦茶いわれ、ものすごく作るのは大変だったらしい。
それでも最初に作った7面のデモをしばらく見ているうちに「ここ抜けられるんじゃないか」って話になり、再度やり直した…なんて、まあゲームが好きでなければ絶対にないエピソードもあったりする。
ちなみにR-TYPEはハドソンで一番シューティングの下手な男と言われたアーティストの松田君(後に天外2で一緒に仕事をすることになる。色使いのシャープなドットを打てるハドソンでは珍しいタイプだった)も一周クリアしている。
R-TYPEは反射神経よりも攻略を覚えるほうが重要なゲームだということが良くわかるエピソードだ。
ところで、今だから、バラしちゃっていいと思うが、R-TYPEのカード版は、実はPCエンジンでは許されないモードを使っている(原理的には可能だけど使ってはいけません、という意味)。PCエンジンでは320ドットモードではスプライトが16個並ぶ設定を使ってはいけなくて、スプライトが並ぶ数は最大14個までになる。
なぜかというと16個並ぶ設定にするとVRAMのアクセスタイムを超えるスピードで駆動する、今でいうオーバークロック状態になり、動作保証できないからダメだったのだが、そんなことを知らない和泉さんのチームは、使ってしまったわけ。
発売されてから、NECが知るところになり「知らなかったし、出ちゃったからしょうがない、これだけ特例だけど、もうやっちゃダメ」とものすごく釘を刺され、以降、あらゆるROMがそうなっていないかNECがチェックするようになったという曰くつきの代物だったりする。
そして、この14個制限には320ドットモードを遣ったイースは結構悩まされ、技術の頭目だった野沢さんに「あのさー普段は14個モードで、危ない!ってなったら、16個モードにブーストするってのはダメ?」って聞いたら、思い切り「ダメッ!」と言われた。
と、余談もあったがだ、松田君すらクリア出来るR-TYPEだが、畏友、桝田さんは、1面の最初のザコの撃つ一発目の弾に吸い込まれるように近づき、当たれる男だ。初めて見たときには腰を抜かしました…というような話をツイートしたら、これに対して桝田さんがつけたオチ。
まじで笑った、会社で爆笑しちゃったよ。
PCエンジン版のR-TYPE1/2は、当時のハドソンのエースプログラマの1人、和泉さんが率いていたチームが移植している。このチームはアーティストを一部入れ替えただけで、次にネクタリスを作った。
サブプログラマが2人いたんだけど、そのうちの1人は、ネクタリスの後で企画寄りに異動して、イース1・2の手伝いをして、さらにぎゃんぶらぁ自己中心派の管理をすることになり、その後もディレクターって名前で結構ハドソンのゲームに出ていたんだけど、今はナニをしているか知らない。けっこー仲良かったんだよね。
で、僕は、和泉さんチームが実質お休みでネクタリスの企画のためにいろんなSLGを研究していたとき、ちょうどハドソンに行って仕事を始め、フツーの人よりはボードゲームやSLGのことを知っていたのもあって仲良くなっていたので、R-TYPEの話を和泉さんを始め、チームの連中からイロイロ聞けたわけだ。
移植に関しては、和泉さんは「オリジナルと全く同じプレイが出来る」を目標に移植した。だからアーケードの攻略パターンは完璧に使える…つっか、暴走(ハングアップ)以外のバグまで含めて移植されている。和泉さんは本当はハングアップおよびゲームが進行しなくなるバグまで移植したかったらしいのだけど、それだとユーザーが許さないだろうから諦めたといっていた。
当時のカードの容量の都合でパート1と2に分かれたけれど、移植としてはほぼ完璧だと思う。つっか、あれ以上の移植はムリ。
ところで、ほぼ完璧なPCエンジン版の移植だが、2つ、和泉さんがオリジナルから移植しなかったものがある。
一つが処理落ち。当時のゲームは描画とプログラム内部の処理が完全に同期していたので、一定以上(16.7ミリ秒ほど)処理に時間がかかると、速度が2倍になる現象が発生した。
具体的な書き方をすると、弾が多くなったり、敵が多くなったりするとゲームの進行速度が落ちる現象だ。
これを当時の開発者は「スロー」とか「処理落ち」とか「Vまたぎ」とか呼んだのだが、PCエンジン版はアーケードで処理落ちするところで処理落ちしない。
PCエンジンが当時のゲームマシンとしてはかなり高速で、かつ和泉さんの技術が優れていたから出来たことで、もちろんすばらしいことだが移植としてはどうなんだというので、和泉さんは「処理落ちを意図的に起こすべきか」で悩んだらしい。
結局、遅くするのは我慢できないということで、やめた、といっていた。
そしてもう一つ移植しなかったのが、アドバタイズデモ(電源を入れて放置しておくと行われるゲームプレイデモ)だ。
和泉さんはアーケード版のデモがかっこ悪いのが我慢できなくて、プレイデモは全部ハドソンで収録したものを使っている(実際、僕に「アーケードのデモはさ、全然やる気がなくてひどいんだよね」って言っていた)。
…上で、収録と書いたが、実際はどのようにしてデータを作ったのかというと、開発機の上で「プレイデータ」をいわば録画できるようにして、それでプレイしてもらうことで作ったわけ。乱数の全く入っていないシューティングだからやれる技だ。
プレイしたのはアーティストの角谷君。超越的にシューティングのうまい男で、ブッチーと並ぶハドソンのシューティングゲーマーだった。
彼の作ったデモはとてもスバラシイ出来で、R-TYPE1の4面のデモとか、R-TYPE2の6、7面(2では2、3面目)のプレイデモとか、超見る価値あるのでお勧め。特に7面デモは復活パターンの見本のような華麗なプレイなので、ぜひ一度見て欲しいと思ってしまう。
ちなみに、角谷君曰く、R-TYPEは残り何バイト単位でメモリが数えられるぐらいメモリがなく、アドバタイズデモもデータを圧縮していれるような状態で「メモリないから弾撃つな」だの「あまり動くな」だのと無茶苦茶いわれ、ものすごく作るのは大変だったらしい。
それでも最初に作った7面のデモをしばらく見ているうちに「ここ抜けられるんじゃないか」って話になり、再度やり直した…なんて、まあゲームが好きでなければ絶対にないエピソードもあったりする。
ちなみにR-TYPEはハドソンで一番シューティングの下手な男と言われたアーティストの松田君(後に天外2で一緒に仕事をすることになる。色使いのシャープなドットを打てるハドソンでは珍しいタイプだった)も一周クリアしている。
R-TYPEは反射神経よりも攻略を覚えるほうが重要なゲームだということが良くわかるエピソードだ。
ところで、今だから、バラしちゃっていいと思うが、R-TYPEのカード版は、実はPCエンジンでは許されないモードを使っている(原理的には可能だけど使ってはいけません、という意味)。PCエンジンでは320ドットモードではスプライトが16個並ぶ設定を使ってはいけなくて、スプライトが並ぶ数は最大14個までになる。
なぜかというと16個並ぶ設定にするとVRAMのアクセスタイムを超えるスピードで駆動する、今でいうオーバークロック状態になり、動作保証できないからダメだったのだが、そんなことを知らない和泉さんのチームは、使ってしまったわけ。
発売されてから、NECが知るところになり「知らなかったし、出ちゃったからしょうがない、これだけ特例だけど、もうやっちゃダメ」とものすごく釘を刺され、以降、あらゆるROMがそうなっていないかNECがチェックするようになったという曰くつきの代物だったりする。
そして、この14個制限には320ドットモードを遣ったイースは結構悩まされ、技術の頭目だった野沢さんに「あのさー普段は14個モードで、危ない!ってなったら、16個モードにブーストするってのはダメ?」って聞いたら、思い切り「ダメッ!」と言われた。
と、余談もあったがだ、松田君すらクリア出来るR-TYPEだが、畏友、桝田さんは、1面の最初のザコの撃つ一発目の弾に吸い込まれるように近づき、当たれる男だ。初めて見たときには腰を抜かしました…というような話をツイートしたら、これに対して桝田さんがつけたオチ。
だが、広告の取材と称して大阪のアイレムまでわざわざ行って、さも全面クリアしたかのごとく調子よく話を合わせて開発スタッフを喜ばせて、おまけに北の高級クラブで接待までしていただいたのは僕だw
Twitterの元発言
Twitterの元発言
まじで笑った、会社で爆笑しちゃったよ。
2010-10-03 Sun [ Ysを作った頃 ]
前回はコレ
過去記事の集合体はコレ
この話は1988-89年頃、PCエンジン版のイースを作るとき、僕が経験した話を出来るだけ正確に記録に残すつもりで書いている。ただし、これは
みんながデバッグしているとき、僕はいつでもイヤな人になる。
というのも、作っているとき、徹底的に面白くなるように直していく。でも、それはあくまで自分の感覚でしかなく、実際に他の人間がプレイして面白く感じるかとは別だ。
目標として100人がプレイしたとき、全員が面白いのは無理だが、出来れば80人ぐらいは面白いと思って欲しい。だけど、それが他人のある程度の評価として実際に分かるのは、それなりにゲームが完成してプレイ出来る状態になってからだ。しかも本当にわかるのは、最初から最後まで遊ばれるデバッグの時だけと考えていい。
だからデバッグ期間は「自分が信じて作ってきたモノ」に対する最初の審判が行われる時間であると同時に「最後の調整が行える時間」でもあるわけだ。
だから僕は、デバッグの時、デバッガの不満をカケラも見落とししたくないので、延々と何時間も人がデバッグしている画面を後ろから覗いて、挙句に「面白い?」とか聞いて「面白いですよ」といわれれば、どこが面白いのか根掘り葉掘り聞き、つまらないと言われれば、やはり根掘り葉掘り聞く。
どう考えても、たまらなく面倒くさい人間だ。
そして延々とバランス調整とデバッグを繰り返した、四苦八苦のデバッグが終り、とうとうイースはマスターを出すことになった。10月マスター予定だったが、実際は間に合わず、1989年11月7日がマスターを入れる日付になった。
続きを読む▽
過去記事の集合体はコレ
この話は1988-89年頃、PCエンジン版のイースを作るとき、僕が経験した話を出来るだけ正確に記録に残すつもりで書いている。ただし、これは
1)21年前の話で、記憶違いの可能性は十分にある。
2)僕が体験したり思ったりしたことを書くようにしているが、伝聞情報(二次情報程度)もある。
だから、当時の正確な記録ではない可能性はあるのは理解して欲しい。2)僕が体験したり思ったりしたことを書くようにしているが、伝聞情報(二次情報程度)もある。
■■■
みんながデバッグしているとき、僕はいつでもイヤな人になる。
というのも、作っているとき、徹底的に面白くなるように直していく。でも、それはあくまで自分の感覚でしかなく、実際に他の人間がプレイして面白く感じるかとは別だ。
目標として100人がプレイしたとき、全員が面白いのは無理だが、出来れば80人ぐらいは面白いと思って欲しい。だけど、それが他人のある程度の評価として実際に分かるのは、それなりにゲームが完成してプレイ出来る状態になってからだ。しかも本当にわかるのは、最初から最後まで遊ばれるデバッグの時だけと考えていい。
だからデバッグ期間は「自分が信じて作ってきたモノ」に対する最初の審判が行われる時間であると同時に「最後の調整が行える時間」でもあるわけだ。
だから僕は、デバッグの時、デバッガの不満をカケラも見落とししたくないので、延々と何時間も人がデバッグしている画面を後ろから覗いて、挙句に「面白い?」とか聞いて「面白いですよ」といわれれば、どこが面白いのか根掘り葉掘り聞き、つまらないと言われれば、やはり根掘り葉掘り聞く。
どう考えても、たまらなく面倒くさい人間だ。
そして延々とバランス調整とデバッグを繰り返した、四苦八苦のデバッグが終り、とうとうイースはマスターを出すことになった。10月マスター予定だったが、実際は間に合わず、1989年11月7日がマスターを入れる日付になった。
イースは72分もあったせいで、当時はCDRを使うことが出来ず、何枚もマスターを作ったので、バージョンヒストリーのようにCDを持っている。そして、中でも貴重品が、声優さんとミックスが行われていない曲が入ったバージョン。僕はこれをサウンドトラックと呼んでいる。
続きを読む▽
2010-09-25 Sat [ 日記 ]
同人とustについて書いたら話題になったらしく、2日で数万人というビューがあった。
僕にとっては祭り、といっていい。
ここではっきりさせとくと、僕は同人は別に好きでも嫌いでもない人だ。ただし、僕なりに理解しているつもりではある。
(少し追記しておくと同人歴自体は十数年になるが、だからといって同人に思い入れがあるわけではない、ということ)
昔から僕の周りには同人が好きな人が沢山いた。そして僕は今でも良くいる「アマチュア=儲けちゃいけない」だの「プロのが偉い」だの、下らなくて、差別的で、嫌儲で、筋がゼンゼン通ってないクセに、偉そうなことばかり言ってる最低の論者だった。
僕は論者に論戦を挑む、喧嘩上等な人間だったので、チャンスがあり論戦したらボロ負けした。それで同人について考えた。
得た結論は自分がケツをふく限り自由、が出来るだけあるべき唯一のルールで、コミケは出来る限り、それを体現しようとしている場ということだ。
また、二次創作がとか、他人の褌が、とすぐいう人がいるが、まず二次創作は同人の大きな要素ではあっても、別に二次創作ばかりじゃない。それに二次創作といっても、黙って見せたら「どこが二次創作なのかすら全く分からない作品」も山のようにあり「何をもって二次創作というのか、これは創作ではないのか?」とすら考えさせられることも、よくある。
と、そんなこともあって、同人に対して何かを言うなら、まず同人を知るべきだろう。知りもせずに何かを言うのは最低だと思うのだが、知らずに、モノをいう人の多さにはうんざりしてたところに、この騒ぎだったのでキレて書いた面はあった。
それはさておき、ガッカリしたのは、結局見に来た人は騒ぎを見に来ただけで、僕の文を、ちゃんと読んではいないし、遥かにたくさんある他のポストも見なかったってことだ。
結局、人は祭りを見に来ただけで、しかも内容も斜め読みで、くだらないコメントばかり、はてブだのに書かれている。
ネットってのはまだまだそういうものでしかないんだな、と思ったのだった。
ちなみに同人に関するポストで3つのコメントだけ非承認にした。内容はくだらない悪口なので、公開しても人が気分悪くなるだけだからだ。
そういう悪口を書くヤツは「通りすがり」だの「どうでもいいが」だの、本当にハンドルも情けない。
僕は本名で書いている。ちょっとは匿名から抜け出して勝負したらどうだ、と思ってしまった。
僕にとっては祭り、といっていい。
ここではっきりさせとくと、僕は同人は別に好きでも嫌いでもない人だ。ただし、僕なりに理解しているつもりではある。
(少し追記しておくと同人歴自体は十数年になるが、だからといって同人に思い入れがあるわけではない、ということ)
昔から僕の周りには同人が好きな人が沢山いた。そして僕は今でも良くいる「アマチュア=儲けちゃいけない」だの「プロのが偉い」だの、下らなくて、差別的で、嫌儲で、筋がゼンゼン通ってないクセに、偉そうなことばかり言ってる最低の論者だった。
僕は論者に論戦を挑む、喧嘩上等な人間だったので、チャンスがあり論戦したらボロ負けした。それで同人について考えた。
得た結論は自分がケツをふく限り自由、が出来るだけあるべき唯一のルールで、コミケは出来る限り、それを体現しようとしている場ということだ。
また、二次創作がとか、他人の褌が、とすぐいう人がいるが、まず二次創作は同人の大きな要素ではあっても、別に二次創作ばかりじゃない。それに二次創作といっても、黙って見せたら「どこが二次創作なのかすら全く分からない作品」も山のようにあり「何をもって二次創作というのか、これは創作ではないのか?」とすら考えさせられることも、よくある。
と、そんなこともあって、同人に対して何かを言うなら、まず同人を知るべきだろう。知りもせずに何かを言うのは最低だと思うのだが、知らずに、モノをいう人の多さにはうんざりしてたところに、この騒ぎだったのでキレて書いた面はあった。
それはさておき、ガッカリしたのは、結局見に来た人は騒ぎを見に来ただけで、僕の文を、ちゃんと読んではいないし、遥かにたくさんある他のポストも見なかったってことだ。
結局、人は祭りを見に来ただけで、しかも内容も斜め読みで、くだらないコメントばかり、はてブだのに書かれている。
ネットってのはまだまだそういうものでしかないんだな、と思ったのだった。
ちなみに同人に関するポストで3つのコメントだけ非承認にした。内容はくだらない悪口なので、公開しても人が気分悪くなるだけだからだ。
そういう悪口を書くヤツは「通りすがり」だの「どうでもいいが」だの、本当にハンドルも情けない。
僕は本名で書いている。ちょっとは匿名から抜け出して勝負したらどうだ、と思ってしまった。






