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把握している限りのパソコン版イースの初期開発史
通販している同人誌の内容にコメントをもらったので、ちょっとそれについて知る限りのことを整理して書いておきたい。

ところで、イース2のダーム戦の舞台の形状は、ダームの塔最上階(ダルク戦の舞台の外側部分)の形状と良く似ていて、真ん中に穴があったり、画面下方に紋章があったりします。このためパソコン版をプレイしたときは、イース中枢からダームの塔最上階へワープして最終決戦という演出なのかと思っていました。
PCE版ではイース中枢から橋でつながっていたので、そういう意図はなさそうですが、もし当時この点も検討されていたようでしたら、ぜひ今後の更新の折に触れていただけると嬉しいです。


僕が聞いている限りでは、この発想はなかったと思います。ファクトはダームの塔の最上階にいて、あのバトルフィールドは最上階以外の何物でもないです。少なくとも山根がそう考えてないと、『Ⅰ・Ⅱ』のインターミッションで、屋上からぶっ飛ぶアニメーションは出てきません。

また、自分が覚えている(同人誌にも書いた)イースの開発の歴史に、のちに分かった若干の付け加えをして書いておきます。

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|| 21:42 | comments (2) | trackback (0) | ||

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ゲーム開発しくじり先生 in イースⅠ・Ⅱ
ゲーム開発しくじり先生ってまとめを読んで大笑いしつつもあるあるすぎて苦笑いしたりイロイロだったんだけど、それで思い出したこと。
書き忘れていたことなので、忘れないうちにメモっておく。

『イースⅠ・Ⅱ』の『Ⅰ』のボスで、ダームの塔に『コンスクラード』(スタッフの間での通称は「岩」だった)という大変に影が薄いボスがいる。
実際、パソコン版をプレイした人間にボスの話をさせると 「最初のボス」 、「ムカデ」、 「コウモリ」、「カマキリ」、「顔」、は出てくるが「岩」はたいてい出てこない。それどころか「岩」を忘れて「ダルク・ファクト」を入れてボスは6体だとか言っちゃう人もいるぐらいだ。
ビックリ難易度のカマキリと顔の間に挟まれて、直後が鏡の間で迷うし、攻略がスゴく簡単で、たいてい初めての攻略、運が悪くても2回目ぐらいで攻略できてしまうので印象が薄いのも仕方ないかな…と思えるボスなのだけど、実はPCエンジン版の『イースⅠ・Ⅱ』では、こいつで思い切りしくじっていたのである。

何がしくじり先生だったのか?

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|| 20:22 | comments (0) | trackback (0) | ||

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イースの裏設定ってブログ記事に驚いた
この記事のシリーズでは、オリジナルスタッフがPC-88版を作った時のイースの設定について、オリジナルでは「誰が何を作ったらしい」というところまで含めて、自分が覚えていたり、あとで判明したりしたことを、できるだけ残すつもりで書き留めてきた。

オリジナルスタッフのイースの設定(ゲーム以前)
オリジナルスタッフのイースの設定(アドルがつくまで)
1989年9月 - どっちがヒロインなのよ?
リリアは誰が創りだしたのか?

だいたい上が、そのオリジナル&オリジナルスタッフに関係する記事なのだけど、ここらへんを書いていたおかげで、五十嵐哲也君がPC版のイース1のマニュアルの小説を書いて、アドル・クリスティンの名付けの親だったなんて驚くコトも知れたのだけど、まるで違うことで調べ物をしていたとき見つけてビックリしたのが…

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|| 22:29 | comments (0) | trackback (0) | ||

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ダームとピーターパン
ふっと思い出した『イースⅠ・Ⅱ』の話。
一度も書いたことがないし、言ったこともないような気がしたので、メモ代わりに残しておく。

遥か遠い昔の記事で書いたとおり、PCエンジン版の『イースⅠ・Ⅱ』は作る前から、もうこう作るときめていた。

●2本入れて1本にする(これは僕から中本さんに提案した)
●音楽はCDオーディオ
●パソコンのグラフィックを強化
●アニメーションのデモをやる
●声をつける
●CDオーディオ使うからデータは圧縮して詰める。できるだけロードしない

と、たったこんだけで、実に簡単な方針だ。
この方針はCDROMのいい所だけを見せて、悪い所は見せないためのものだけど、実際に作るうえで、特に重視していたのがオープニングだった。

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|| 22:35 | comments (2) | trackback (0) | ||

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リリアは誰が創りだしたのか?
僕の書いたイース1・2を作った時の話には大きく欠けているところがある。
それはもちろん言うまでもなく、オリジナルのイース1およびイース2が作られたとき、誰がゲームにどんな風に貢献したかで、そしてイース3が実はどうだったのか? のあたりだ。

当たり前だが、イース1・2はあくまで移植で、山根がいるとかオリジナルメンバーから話を聞いているとは言っても「どんな風に開発が始まったのか?」とか、誰がどんな貢献をしたのか、については別の会社の話であり、わからなかったわけだが、これがなんと26年ぶりのイース1・2のメンバー+当時のファルコムに勤めていた人間との飲み会で、かなり詳しく分かった。
まあ26年以上経ってからの話で、例えば山根は「俺はゴーなんて言ってなかった」と主張して、飲み会メンバー全員から「忘れてるのかよ」と思い切りツッコミを食らったり、さらに自分が飛行機のアナウンス無視した話とか忘れてたりと、信頼性に若干問題のある山根って証人もいるのだけど、当時のファルコムのメンバー複数及びハドソンの当時のことが少しわかっている人間から聞いた話なので、山根の信頼性はともかく、間違いないだろうということで、書いておきたい。

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|| 11:35 | comments (2) | trackback (0) | ||

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