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1990年10月 MV、季節、そして回転拡大縮小(1)
山根がとっ捕まえられたこと、二人のリードアーティストが決まったこと、さらに当たり前のことながら容量が決まったことで、ようやくゲームを実際に設計できることになった。
このときの、僕と山根には作り手側としての極めて明快なビジュアル系の目標がいくつかあった。

そして、中でも僕と山根はゲームとビジュアル(ムービー)の落差問題にチャレンジするのが大きな目標になっていた。

それは以下の理由から出てきた目標だった。

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漢字の問題
これは『電撃王』や『電撃プレイステーション』に載せていたコラムの中で思い入れが深いものを、細かくアップトゥデートして載せていくシリーズ。
今回は、1996年の電撃王に載せたコラム。

■■■

 さて、僕は今ワープロ‥‥Windowsの上で動くMS-WORD6.0で文章を書いている。このワープロ、当然漢字も出るし、日本語は日本語入力でバリバリ変換できる。(FEPじゃなくてIMEとか呼ぶんだけど)

これまた隔世の感のあるセリフだ。これを書いた当時は、ちょうどWindows 95が出て直後ぐらいで世の中はDOSマシンの方が主流だった。
そしてDOSマシンでは日本語入力のことをFEP、"Front End Processor"と呼んでいた。だから「FEPじゃなくてIMEと呼ぶ」と但し書きをつけたわけだ。

 では、いつ頃からコンピュータで日本語が扱えるようになり、どんな風に発展したのか?
 というわけで、今回は漢字とコンピュータの話。
 まず遥か遠い昔、コンピュータがTVに文字をやっと出せるようになったころはアルファベットとカタカナぐらいしか出なかった。
 それも当たり前で、ディスプレイに文字を表示するためのメモリの値段が高かったし、グラフィックなんてついていなかったから、アルファベット以外はとても出せなかったのだ。
 というわけで、コンピュータの世界は生まれて10年ぐらいはアルファベットと半角カタカナの世界だった。
 これが変わってきたのが、PC-8801とかFM-8といった640*200の解像度を持つグラフィックを装備するコンピュータが登場してから。
 というのも、普通、漢字は最低12ドットぐらいからなんとか文字としてはっきり書けるようになり、16ドットあれば、ほぼ普通の文字として読むことが出来るようになる。
 だから640*200あれば、横40文字×縦12行ほどのだいたい原稿用紙1枚ちょい分が表示できるようになり、初めて「実用的に」日本語を表示することが可能になったわけ。

と言っても、実は16ドットだと一部の漢字では縦のドット数が不足するために、略字になってしまう。漢字が正しく表記できるのには24ドットは必要だ、と昔教えてもらったが、くそめんどくさい文字があるのを見ると32ドットぐらいはないと多分ムリだと思う。


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