2010-10-28 Thu [ ゲームについて::理屈のこと ]
ある人のツイート
本来ゲームとは操作をしてその結果を楽しむものだと思うのです。最近のFFに代表されるムービーだったりグラフィックを綺麗にしていくものではないと思うのですがね、どこで間違えたんでしょうか?
本来ゲームとは操作をしてその結果を楽しむものだと思うのです。最近のFFに代表されるムービーだったりグラフィックを綺麗にしていくものではないと思うのですがね、どこで間違えたんでしょうか?
から話は始まる。
これを読んでウンウンと思った人は、まるで間違っている。
これは主に金のかかった(ムービーやグラフィックが華麗な)大作を貶すときに多用される「本当に面白いゲームはグラフィックが○と×だけになっても面白い」という僕が○×理論と呼んでいるものの変形で、ゲームをプレイする人に非常に見られる俗論だ。
常々、どうかと思っていたので、簡単に反論を書いてみたい。
というわけで反論。
3Dカーレースは間違っても○Xだけでは出来ない。以上終わり。
エ? 簡単すぎる? じゃ、追加。
カーレースを例に挙げて、まずグラフィックス。
グラフィックの表現は非常に重要だ。トンネルに入ったとき目の認識が追いつかず視界が暗くなることや、外に出るときブルーミングで明るくなり、視界が失われるといったことは当然ゲームに影響を与える。これらはいわゆるHDR処理で、PS2程度のマシンでは非常に困難だ(出来ないわけではないがフレームレートなどに大きな影響を与える)。
当たり前だが、昼夜を切り替えるためにはライトの処理が出来なければならない。天候を入れたくなったら、雨や雪、さらにダートの場合のダートの処理、いくらでも必要なグラフィックス処理はある。しかも雨や雪はリアルタイムに道路に影響を及ぼすべきだ。雨が降ったら道路は反射する。水を跳ね上げて、ウォータースクリーンが出来る。
物理エンジンの問題もある。カーレースなら物理エンジンが使えるかどうかでゲームそのものが全く変わる。物理エンジンを使うと、途方もないパワーが必要で、カーレース系で中心的に使われる剛体物理(ridged physicsと呼ばれる)ですら、完璧でなく、マシンパワーもまだ全然足りない状態だ。
つまりそれなりにリアルに楽しめるカーレースを遊びたいと思うなら○や×では話にならないし、グラフィックス・計算能力のどちらもいまですら全くパワーは足りていない。
これはこの手の現実をベースにしたリアルタイムシミュレーション系全てでそうだ。カーレース・フライトシミュレータ・電車などなど、シミュレータを作りたいと思うと、自動的に○や×では話にならないのは明らかだ。
全くの余談だがGT5やForzaの『バグ動画』だのと揶揄される物理挙動があるが、PS2でカーレースに関わったとき、物理エンジンの素晴らしさと難しさをしみじみ味わった人間としては、あれをバグという気はない。あれは現在のゲームで供給可能な物理エンジンの持つ限界で、いかんともしがたい。物理エンジンを真面目に作ったからこそ起こる問題だ。笑える現象なのは事実だが、あれをバグと揶揄する人間に対しては「テメエが作ってから言え」と本気で言いたくなる。
シミュレーションは除く?
除いたところで状況は変わらない。
例えばスニーキングゲームを作りたいとする。それにライトの表現を入れたいとする。ライトを壊したり消したりすると辺りが暗くなるのを利用するという設定だ。光の処理は「今のマシンですら全く完全ではない」。つまり今でもこれを見て不自然でなくゲームにするのは難しい。(それでもスプリンターセルである程度実現されていた。頑張っていたソフトである)
もちろんライトの表現など○×ではやりようがないので、作りようもないゲームだ。
うっそうと茂った森の中でドンパチするTPS作りたいなら、森が表現できないといけない。FCのグラフィックスではほぼ不可能なのはもちろん言うまでもないし、○×では当然表現できない。
カギのかかったドアを(仕込ではなく)銃で壊せるのか、それとも壊せないのか? ゲームの作りそのものに影響を及ぼす大問題だ。しかもこれはグラフィック・物理エンジンなどの双方に影響を及ぼす複雑な問題で、もちろん○×じゃ表現のしようがない。
ライトの表現も森もゲームの本質には必要ない? カギのかかった扉はカギ以外では開かないで構わない? それこそゲームをバカにした意見だ。
ゾンビがいるかも知れないダンジョンをさまよい歩くゲームでライトで照らしたところにゾンビが見えたら冷や汗なのは確かだし、森でカモフラージュしている敵を狙撃するTPSだって楽しく作れる(ピースウォーカーなんか巧妙にカモフラージュした敵を見つけると嬉しくなるぞ)。ロケットランチャーをぶっ放しても壊れないドアはどうなんだと普通は思うだろう。
そういうものが○Xで表現出来るならどうするのか説明して欲しいものだ。
と、いくつか例を挙げたけど、もう十分だろう。○×では作りようがない、表現のしようのないことがゲームには山のようにある。つまり、面白いゲームは○や×にしても面白いなんて現代コンソール/PCゲームをマジメにプレイしたことがあると思えない暴論だ。
またグラフィック「のみ」きれいにしたゲーム…とかそういう表現もおかしい。プリレンダムービーとゲーム画面で落差があると、散々文句を言われていたのだから、ゲーム画面がキレいになってプリレンダと区別がつきにくいのは素晴らしいことではないか。
(まあ今はプリレンダよりもインゲームムービーの方が主流になりつつあるけれど)
それに表現力の制限は少ない方がいいに決まっている。どんな表現も問題なく出来る状態でなにを表現するのかを選択できる方が表現をする側にとって、ありがたいのは間違いない。
もちろん、追求した結果、精細なグラフィックを作るのにやたら金がかかったり、作るのに手間がかかるようになったという問題が発生し、制作上の困難を引き起こしているのは確かだが、それはまた別の問題だ。
ところで、この○×にしても面白いゲームがいいゲーム理論は、テレビゲーム黎明期の1980年代前半まではギリギリ成り立つ論理だったと思う。
なぜなら、当時のゲームはPSG3音+せいぜいスプライト数十個、出せる色の数が64を超えれば多いほうで、2D表現以外はほぼ出来なかったし(半透明すらない!)、声なし・絵もアニメーションなんて問題外で、1枚絵程度ですら無理…という程度の表現力だ。ここで、グラフィックを全部とっぱらって○×だけにしても、結構ゲームは成り立つ。面白さの落ち方も低い。それに表現力がないから、アイディア勝負になる。
つまり、1980年代前半まではゲームの表現力が恐ろしくヘボかったから、表現力をほぼゼロにしてもゲームが成り立ったが、表現力が圧倒的に増したイマドキのゲームでゲームの面白さは○×でも構わないだの、グラフィックとゲームの面白さは一致しないなんてチャンチャラおかしいということだ。
2010-10-20 Wed [ ゲームについて::理屈のこと ]
ソーシャルゲームとは何か、を考えるために、ある極端なゲームをデザインした。
■ゲーム内容
ランキングで点数を競い合う。ランキングには3種類あり、フレンドとそれ以外に分れる。またフレンド全体が一つのチームになって、チームランキングもある。
■ゲーム画面
ボタンが一つとあと、フレンドリストがある。フレンドは「ゲームに参加している人」はカラーで、参加してない人は灰色で表示される。
○ボタン部
一定間隔で押せる。 次にボタンを押せるまでの残り時間が表示される。
○参加しているフレンド
参加しているフレンドを選ぶと、フレンドゲーム画面が出る。
フレンドゲーム画面には「応援する」、「すごく応援する」、「友達の友達からポイントをいただく」の3種類のボタンがある。
一定間隔でどれかを押すことが出来る。一度に押せるのは一つ。
○参加していないフレンド
選ぶと「参加しない?」とメールを送れる。
■起こること
○メインのボタン
「ピッタリ」で押すと10点、1分以内だと9点、10分以内だと5点、それ以外は1点。点数が増えるに従って、次にボタンを押せるまでの時間が延びていく。
友達を誘い、友達が入ると、自分には100点、友達には50点が手に入る。
○応援する
相手の待ち時間が減る。待ち時間が0の場合には次の待ち時間が減る。つまり待ち時間が減る量は加算される。待ち時間が0で応援すると、自分に1点入る。
○すごく応援する
一定間隔に一人にしか使えない。ものすごく待ち時間が減る。
○友達の友達からポイントをいただく
押すと「友達の友達」がランダムに選ばれ、いただくかどうか聞かれる。名前は分からないが、相手と自分のポイント差などから計算される「戦闘力」と「防御力」で盗めるかどうか決まる。
難しいほど盗む量は大きくなる。盗める最大量は1000。
■マネタイズ
ボタンを押す時間を縮める有料アイテム・盗むときに使えるアイテムなど。
■まとめ
いわゆる「ゲーム」とされる部分は、従来のコンソールの感覚からすれば「ゲームの体をなしていない」。オンゲーから見てもそうだろう。
だが、それでもこれはゲームとして成り立つ。それはソーシャルゲームが「ゲームだけではなく、ゲームをプレイする人間まで含めたシステム」として機能するからだ。
そこまで含めてゲームを見ないと、ソーシャルゲームは理解できないと思ってる。
プレイヤーまで含めたゲームデザインが必要だと、自戒としてメモ代わりにおいておく。
■ゲーム内容
ランキングで点数を競い合う。ランキングには3種類あり、フレンドとそれ以外に分れる。またフレンド全体が一つのチームになって、チームランキングもある。
■ゲーム画面
ボタンが一つとあと、フレンドリストがある。フレンドは「ゲームに参加している人」はカラーで、参加してない人は灰色で表示される。
○ボタン部
一定間隔で押せる。 次にボタンを押せるまでの残り時間が表示される。
○参加しているフレンド
参加しているフレンドを選ぶと、フレンドゲーム画面が出る。
フレンドゲーム画面には「応援する」、「すごく応援する」、「友達の友達からポイントをいただく」の3種類のボタンがある。
一定間隔でどれかを押すことが出来る。一度に押せるのは一つ。
○参加していないフレンド
選ぶと「参加しない?」とメールを送れる。
■起こること
○メインのボタン
「ピッタリ」で押すと10点、1分以内だと9点、10分以内だと5点、それ以外は1点。点数が増えるに従って、次にボタンを押せるまでの時間が延びていく。
友達を誘い、友達が入ると、自分には100点、友達には50点が手に入る。
○応援する
相手の待ち時間が減る。待ち時間が0の場合には次の待ち時間が減る。つまり待ち時間が減る量は加算される。待ち時間が0で応援すると、自分に1点入る。
○すごく応援する
一定間隔に一人にしか使えない。ものすごく待ち時間が減る。
○友達の友達からポイントをいただく
押すと「友達の友達」がランダムに選ばれ、いただくかどうか聞かれる。名前は分からないが、相手と自分のポイント差などから計算される「戦闘力」と「防御力」で盗めるかどうか決まる。
難しいほど盗む量は大きくなる。盗める最大量は1000。
■マネタイズ
ボタンを押す時間を縮める有料アイテム・盗むときに使えるアイテムなど。
■まとめ
いわゆる「ゲーム」とされる部分は、従来のコンソールの感覚からすれば「ゲームの体をなしていない」。オンゲーから見てもそうだろう。
だが、それでもこれはゲームとして成り立つ。それはソーシャルゲームが「ゲームだけではなく、ゲームをプレイする人間まで含めたシステム」として機能するからだ。
そこまで含めてゲームを見ないと、ソーシャルゲームは理解できないと思ってる。
プレイヤーまで含めたゲームデザインが必要だと、自戒としてメモ代わりにおいておく。
2010-10-13 Wed [ 日記 ]
自分の界隈では話題になっていた
■ コンピュータ将棋が女流王将に勝利
これについて。
僕は、コンピュータ側にいる人間ではあるけど、無差別で、強引に勝っただけでしょ? と思ってしまう。
レギュレーションのねえ勝負しても、どっちが勝ったなんてわかるわけない。無差別デスマッチって話をするなら、人間側もプロ棋士山のように並べるって戦略だってあり得る。
また、人間側の肩を持って169vs1だとかいう表現する人もいるが、それもおかしいと思う。人間とコンピュータは違いすぎて比較することは出来ない。
そんなんいったら数兆のネットワークVSたったの169って言い方だって出来るので、水掛け論だ。
でも、実はどちらも納得できる比較がある。それは消費エネルギー。
簡単に書けば「燃費は同じにしようよ(少なくともあんま文句の出ない差にしよう)」ってことだ。
人間1時間あたりの消費電力はだいたい電球一個100Wぐらいといわれてる。
これをモロに適用すると、ノートパソコンより電気を食わないぐらいで人間に勝てって話になるけれど、動作原理が違うわけで、どうしてもコンピュータ側に不利すぎるから、3-5倍ぐらいはしてあげないときついだろう。
だから、コンピュータに有利に色付けして500wとして、消費電力500W(以下)で勝ったら、初めて人間に勝ったといえる気がする。
いったいどんだけの電気使ってたのか知らないけれど、今回のコンピュータを例えるなら、リットル3メートルしか走れないぐらいガソリン燃やしてプリウスにレースで勝ちましたって話にしか思えないよなあ、と思ったのだった。
(そしてはそれはチェスでも同じだと思ってる。そういう意味では、僕はいまだ、コンピュータは一度もまともに人間には勝っていない、と思ってる)
■ コンピュータ将棋が女流王将に勝利
これについて。
僕は、コンピュータ側にいる人間ではあるけど、無差別で、強引に勝っただけでしょ? と思ってしまう。
レギュレーションのねえ勝負しても、どっちが勝ったなんてわかるわけない。無差別デスマッチって話をするなら、人間側もプロ棋士山のように並べるって戦略だってあり得る。
また、人間側の肩を持って169vs1だとかいう表現する人もいるが、それもおかしいと思う。人間とコンピュータは違いすぎて比較することは出来ない。
そんなんいったら数兆のネットワークVSたったの169って言い方だって出来るので、水掛け論だ。
でも、実はどちらも納得できる比較がある。それは消費エネルギー。
簡単に書けば「燃費は同じにしようよ(少なくともあんま文句の出ない差にしよう)」ってことだ。
人間1時間あたりの消費電力はだいたい電球一個100Wぐらいといわれてる。
これをモロに適用すると、ノートパソコンより電気を食わないぐらいで人間に勝てって話になるけれど、動作原理が違うわけで、どうしてもコンピュータ側に不利すぎるから、3-5倍ぐらいはしてあげないときついだろう。
だから、コンピュータに有利に色付けして500wとして、消費電力500W(以下)で勝ったら、初めて人間に勝ったといえる気がする。
いったいどんだけの電気使ってたのか知らないけれど、今回のコンピュータを例えるなら、リットル3メートルしか走れないぐらいガソリン燃やしてプリウスにレースで勝ちましたって話にしか思えないよなあ、と思ったのだった。
(そしてはそれはチェスでも同じだと思ってる。そういう意味では、僕はいまだ、コンピュータは一度もまともに人間には勝っていない、と思ってる)
2010-10-08 Fri [ 昔のこと ]
前回はコレ
以下、本文。
田町にあるNECの本社ビルはびっくりするほど大きくて、さすが天下のNECと呆れたのをよく覚えている。とは言っても、待ち合わせ場所に迷うことはなく、すぐにTKさんと会えた。そして二人で5階あたりの会議室に移動して、相手が来るのを待つことになった。
僕は気楽なものだった。
NECからなんで呼び出されたのか知らないが、言われたとおりBASICしか使っていないし、ルーチンが動くのも確かだ。まあ仕様の報告ぐらいだろうと思っていた。
それにCD-iのミーティングと違って、英語じゃないしフィリップスの連中と喧嘩する必要もない。全くノンビリして問題のないミーティングだった。
会議室で待ってたところに入ってきたNEC方は記憶では4人。エラく険しい表情で入ってくるや否や、席につくと…
「始めましょうか、TKさん」
確か銀縁の細いフレームのめがねをかけたオジサンと記憶している人が口火を切った。(今ならもう部長とかそういうところにいたり、下手したらそろそろ退職の年齢だったり、退職してリタイアしてたりするのではなかろうか。以降、銀縁オジサンと書いておく)
普通なら、最初に名刺交換やらお互いの自己紹介があり、それから会議に入るのが世界共通のビジネスミーティングの流れだが、そういった事前の儀式が全くなかったので、どうしていいかわからず、あぜんとしている僕を、銀縁オジサンはジーッと見ながら言った。
「メインプログラマの方ですよね?」
「は?」
銀縁オジサンのおっそろしく厳しい声に、僕はとても間抜けな返事を返した。
続きを読む▽
あらすじw
1987年、CD-iにウンザリしていた僕は、KMOで仕事をしていた知り合い編集SKさんの誘いに乗り、ハドソンでゲームを作らないかという話にダボハゼのように食いついた。
そしてハドソンにプレゼンを行い、首尾よくサイキョーRPGを作れそうになったところまではよかったが、うっかりCD-iの仕事をしていると話したことで、中本さんにCD-ROMの話を根掘り葉掘り聞かれる羽目になり、エラい目に合ってしまう。
そんなわけでKMOの仕事を断りにくくなった僕に、メインプログラマがパンクしているので新しい88のサウンドルーチンを書いてくれ、との依頼が舞い込む。
首尾よく書き終わって渡して数日後、なぜかNECに一緒に来てくれ…ということになり…
1987年、CD-iにウンザリしていた僕は、KMOで仕事をしていた知り合い編集SKさんの誘いに乗り、ハドソンでゲームを作らないかという話にダボハゼのように食いついた。
そしてハドソンにプレゼンを行い、首尾よくサイキョーRPGを作れそうになったところまではよかったが、うっかりCD-iの仕事をしていると話したことで、中本さんにCD-ROMの話を根掘り葉掘り聞かれる羽目になり、エラい目に合ってしまう。
そんなわけでKMOの仕事を断りにくくなった僕に、メインプログラマがパンクしているので新しい88のサウンドルーチンを書いてくれ、との依頼が舞い込む。
首尾よく書き終わって渡して数日後、なぜかNECに一緒に来てくれ…ということになり…
以下、本文。
田町にあるNECの本社ビルはびっくりするほど大きくて、さすが天下のNECと呆れたのをよく覚えている。とは言っても、待ち合わせ場所に迷うことはなく、すぐにTKさんと会えた。そして二人で5階あたりの会議室に移動して、相手が来るのを待つことになった。
僕は気楽なものだった。
NECからなんで呼び出されたのか知らないが、言われたとおりBASICしか使っていないし、ルーチンが動くのも確かだ。まあ仕様の報告ぐらいだろうと思っていた。
それにCD-iのミーティングと違って、英語じゃないしフィリップスの連中と喧嘩する必要もない。全くノンビリして問題のないミーティングだった。
会議室で待ってたところに入ってきたNEC方は記憶では4人。エラく険しい表情で入ってくるや否や、席につくと…
「始めましょうか、TKさん」
確か銀縁の細いフレームのめがねをかけたオジサンと記憶している人が口火を切った。(今ならもう部長とかそういうところにいたり、下手したらそろそろ退職の年齢だったり、退職してリタイアしてたりするのではなかろうか。以降、銀縁オジサンと書いておく)
普通なら、最初に名刺交換やらお互いの自己紹介があり、それから会議に入るのが世界共通のビジネスミーティングの流れだが、そういった事前の儀式が全くなかったので、どうしていいかわからず、あぜんとしている僕を、銀縁オジサンはジーッと見ながら言った。
「メインプログラマの方ですよね?」
「は?」
銀縁オジサンのおっそろしく厳しい声に、僕はとても間抜けな返事を返した。
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2010-10-04 Mon [ 昔のこと ]
iphone版のR-TYPEをプレイして血管がキレそうになったとき思い出したPCエンジン版の話。忘れないうちにツイートしたのに付け加えてブログ化。
PCエンジン版のR-TYPE1/2は、当時のハドソンのエースプログラマの1人、和泉さんが率いていたチームが移植している。このチームはアーティストを一部入れ替えただけで、次にネクタリスを作った。
サブプログラマが2人いたんだけど、そのうちの1人は、ネクタリスの後で企画寄りに異動して、イース1・2の手伝いをして、さらにぎゃんぶらぁ自己中心派の管理をすることになり、その後もディレクターって名前で結構ハドソンのゲームに出ていたんだけど、今はナニをしているか知らない。けっこー仲良かったんだよね。
で、僕は、和泉さんチームが実質お休みでネクタリスの企画のためにいろんなSLGを研究していたとき、ちょうどハドソンに行って仕事を始め、フツーの人よりはボードゲームやSLGのことを知っていたのもあって仲良くなっていたので、R-TYPEの話を和泉さんを始め、チームの連中からイロイロ聞けたわけだ。
移植に関しては、和泉さんは「オリジナルと全く同じプレイが出来る」を目標に移植した。だからアーケードの攻略パターンは完璧に使える…つっか、暴走(ハングアップ)以外のバグまで含めて移植されている。和泉さんは本当はハングアップおよびゲームが進行しなくなるバグまで移植したかったらしいのだけど、それだとユーザーが許さないだろうから諦めたといっていた。
当時のカードの容量の都合でパート1と2に分かれたけれど、移植としてはほぼ完璧だと思う。つっか、あれ以上の移植はムリ。
ところで、ほぼ完璧なPCエンジン版の移植だが、2つ、和泉さんがオリジナルから移植しなかったものがある。
一つが処理落ち。当時のゲームは描画とプログラム内部の処理が完全に同期していたので、一定以上(16.7ミリ秒ほど)処理に時間がかかると、速度が2倍になる現象が発生した。
具体的な書き方をすると、弾が多くなったり、敵が多くなったりするとゲームの進行速度が落ちる現象だ。
これを当時の開発者は「スロー」とか「処理落ち」とか「Vまたぎ」とか呼んだのだが、PCエンジン版はアーケードで処理落ちするところで処理落ちしない。
PCエンジンが当時のゲームマシンとしてはかなり高速で、かつ和泉さんの技術が優れていたから出来たことで、もちろんすばらしいことだが移植としてはどうなんだというので、和泉さんは「処理落ちを意図的に起こすべきか」で悩んだらしい。
結局、遅くするのは我慢できないということで、やめた、といっていた。
そしてもう一つ移植しなかったのが、アドバタイズデモ(電源を入れて放置しておくと行われるゲームプレイデモ)だ。
和泉さんはアーケード版のデモがかっこ悪いのが我慢できなくて、プレイデモは全部ハドソンで収録したものを使っている(実際、僕に「アーケードのデモはさ、全然やる気がなくてひどいんだよね」って言っていた)。
…上で、収録と書いたが、実際はどのようにしてデータを作ったのかというと、開発機の上で「プレイデータ」をいわば録画できるようにして、それでプレイしてもらうことで作ったわけ。乱数の全く入っていないシューティングだからやれる技だ。
プレイしたのはアーティストの角谷君。超越的にシューティングのうまい男で、ブッチーと並ぶハドソンのシューティングゲーマーだった。
彼の作ったデモはとてもスバラシイ出来で、R-TYPE1の4面のデモとか、R-TYPE2の6、7面(2では2、3面目)のプレイデモとか、超見る価値あるのでお勧め。特に7面デモは復活パターンの見本のような華麗なプレイなので、ぜひ一度見て欲しいと思ってしまう。
ちなみに、角谷君曰く、R-TYPEは残り何バイト単位でメモリが数えられるぐらいメモリがなく、アドバタイズデモもデータを圧縮していれるような状態で「メモリないから弾撃つな」だの「あまり動くな」だのと無茶苦茶いわれ、ものすごく作るのは大変だったらしい。
それでも最初に作った7面のデモをしばらく見ているうちに「ここ抜けられるんじゃないか」って話になり、再度やり直した…なんて、まあゲームが好きでなければ絶対にないエピソードもあったりする。
ちなみにR-TYPEはハドソンで一番シューティングの下手な男と言われたアーティストの松田君(後に天外2で一緒に仕事をすることになる。色使いのシャープなドットを打てるハドソンでは珍しいタイプだった)も一周クリアしている。
R-TYPEは反射神経よりも攻略を覚えるほうが重要なゲームだということが良くわかるエピソードだ。
ところで、今だから、バラしちゃっていいと思うが、R-TYPEのカード版は、実はPCエンジンでは許されないモードを使っている(原理的には可能だけど使ってはいけません、という意味)。PCエンジンでは320ドットモードではスプライトが16個並ぶ設定を使ってはいけなくて、スプライトが並ぶ数は最大14個までになる。
なぜかというと16個並ぶ設定にするとVRAMのアクセスタイムを超えるスピードで駆動する、今でいうオーバークロック状態になり、動作保証できないからダメだったのだが、そんなことを知らない和泉さんのチームは、使ってしまったわけ。
発売されてから、NECが知るところになり「知らなかったし、出ちゃったからしょうがない、これだけ特例だけど、もうやっちゃダメ」とものすごく釘を刺され、以降、あらゆるROMがそうなっていないかNECがチェックするようになったという曰くつきの代物だったりする。
そして、この14個制限には320ドットモードを遣ったイースは結構悩まされ、技術の頭目だった野沢さんに「あのさー普段は14個モードで、危ない!ってなったら、16個モードにブーストするってのはダメ?」って聞いたら、思い切り「ダメッ!」と言われた。
と、余談もあったがだ、松田君すらクリア出来るR-TYPEだが、畏友、桝田さんは、1面の最初のザコの撃つ一発目の弾に吸い込まれるように近づき、当たれる男だ。初めて見たときには腰を抜かしました…というような話をツイートしたら、これに対して桝田さんがつけたオチ。
まじで笑った、会社で爆笑しちゃったよ。
PCエンジン版のR-TYPE1/2は、当時のハドソンのエースプログラマの1人、和泉さんが率いていたチームが移植している。このチームはアーティストを一部入れ替えただけで、次にネクタリスを作った。
サブプログラマが2人いたんだけど、そのうちの1人は、ネクタリスの後で企画寄りに異動して、イース1・2の手伝いをして、さらにぎゃんぶらぁ自己中心派の管理をすることになり、その後もディレクターって名前で結構ハドソンのゲームに出ていたんだけど、今はナニをしているか知らない。けっこー仲良かったんだよね。
で、僕は、和泉さんチームが実質お休みでネクタリスの企画のためにいろんなSLGを研究していたとき、ちょうどハドソンに行って仕事を始め、フツーの人よりはボードゲームやSLGのことを知っていたのもあって仲良くなっていたので、R-TYPEの話を和泉さんを始め、チームの連中からイロイロ聞けたわけだ。
移植に関しては、和泉さんは「オリジナルと全く同じプレイが出来る」を目標に移植した。だからアーケードの攻略パターンは完璧に使える…つっか、暴走(ハングアップ)以外のバグまで含めて移植されている。和泉さんは本当はハングアップおよびゲームが進行しなくなるバグまで移植したかったらしいのだけど、それだとユーザーが許さないだろうから諦めたといっていた。
当時のカードの容量の都合でパート1と2に分かれたけれど、移植としてはほぼ完璧だと思う。つっか、あれ以上の移植はムリ。
ところで、ほぼ完璧なPCエンジン版の移植だが、2つ、和泉さんがオリジナルから移植しなかったものがある。
一つが処理落ち。当時のゲームは描画とプログラム内部の処理が完全に同期していたので、一定以上(16.7ミリ秒ほど)処理に時間がかかると、速度が2倍になる現象が発生した。
具体的な書き方をすると、弾が多くなったり、敵が多くなったりするとゲームの進行速度が落ちる現象だ。
これを当時の開発者は「スロー」とか「処理落ち」とか「Vまたぎ」とか呼んだのだが、PCエンジン版はアーケードで処理落ちするところで処理落ちしない。
PCエンジンが当時のゲームマシンとしてはかなり高速で、かつ和泉さんの技術が優れていたから出来たことで、もちろんすばらしいことだが移植としてはどうなんだというので、和泉さんは「処理落ちを意図的に起こすべきか」で悩んだらしい。
結局、遅くするのは我慢できないということで、やめた、といっていた。
そしてもう一つ移植しなかったのが、アドバタイズデモ(電源を入れて放置しておくと行われるゲームプレイデモ)だ。
和泉さんはアーケード版のデモがかっこ悪いのが我慢できなくて、プレイデモは全部ハドソンで収録したものを使っている(実際、僕に「アーケードのデモはさ、全然やる気がなくてひどいんだよね」って言っていた)。
…上で、収録と書いたが、実際はどのようにしてデータを作ったのかというと、開発機の上で「プレイデータ」をいわば録画できるようにして、それでプレイしてもらうことで作ったわけ。乱数の全く入っていないシューティングだからやれる技だ。
プレイしたのはアーティストの角谷君。超越的にシューティングのうまい男で、ブッチーと並ぶハドソンのシューティングゲーマーだった。
彼の作ったデモはとてもスバラシイ出来で、R-TYPE1の4面のデモとか、R-TYPE2の6、7面(2では2、3面目)のプレイデモとか、超見る価値あるのでお勧め。特に7面デモは復活パターンの見本のような華麗なプレイなので、ぜひ一度見て欲しいと思ってしまう。
ちなみに、角谷君曰く、R-TYPEは残り何バイト単位でメモリが数えられるぐらいメモリがなく、アドバタイズデモもデータを圧縮していれるような状態で「メモリないから弾撃つな」だの「あまり動くな」だのと無茶苦茶いわれ、ものすごく作るのは大変だったらしい。
それでも最初に作った7面のデモをしばらく見ているうちに「ここ抜けられるんじゃないか」って話になり、再度やり直した…なんて、まあゲームが好きでなければ絶対にないエピソードもあったりする。
ちなみにR-TYPEはハドソンで一番シューティングの下手な男と言われたアーティストの松田君(後に天外2で一緒に仕事をすることになる。色使いのシャープなドットを打てるハドソンでは珍しいタイプだった)も一周クリアしている。
R-TYPEは反射神経よりも攻略を覚えるほうが重要なゲームだということが良くわかるエピソードだ。
ところで、今だから、バラしちゃっていいと思うが、R-TYPEのカード版は、実はPCエンジンでは許されないモードを使っている(原理的には可能だけど使ってはいけません、という意味)。PCエンジンでは320ドットモードではスプライトが16個並ぶ設定を使ってはいけなくて、スプライトが並ぶ数は最大14個までになる。
なぜかというと16個並ぶ設定にするとVRAMのアクセスタイムを超えるスピードで駆動する、今でいうオーバークロック状態になり、動作保証できないからダメだったのだが、そんなことを知らない和泉さんのチームは、使ってしまったわけ。
発売されてから、NECが知るところになり「知らなかったし、出ちゃったからしょうがない、これだけ特例だけど、もうやっちゃダメ」とものすごく釘を刺され、以降、あらゆるROMがそうなっていないかNECがチェックするようになったという曰くつきの代物だったりする。
そして、この14個制限には320ドットモードを遣ったイースは結構悩まされ、技術の頭目だった野沢さんに「あのさー普段は14個モードで、危ない!ってなったら、16個モードにブーストするってのはダメ?」って聞いたら、思い切り「ダメッ!」と言われた。
と、余談もあったがだ、松田君すらクリア出来るR-TYPEだが、畏友、桝田さんは、1面の最初のザコの撃つ一発目の弾に吸い込まれるように近づき、当たれる男だ。初めて見たときには腰を抜かしました…というような話をツイートしたら、これに対して桝田さんがつけたオチ。
だが、広告の取材と称して大阪のアイレムまでわざわざ行って、さも全面クリアしたかのごとく調子よく話を合わせて開発スタッフを喜ばせて、おまけに北の高級クラブで接待までしていただいたのは僕だw
Twitterの元発言
Twitterの元発言
まじで笑った、会社で爆笑しちゃったよ。






