さあにんさんの赤入れ

結構、僕が呆れ+怒っていてブログで指摘記事を書こうかなあと思っていたヤフーの記事にさあにんさんこと、山本直人さん(元ファミマガの編集長)がfacebookに指摘した記事を書かれていて「これ、公開していいですか?」と聞いたところ、どうぞどうぞ…ということだったので、僕のコメントなどもちょっとだけ付け足しつつ、公開したい。

さあにんさんの赤入れ

さて、元の記事は読まなくてもいいんだけど、一応「引用」の意を込めて、URLを貼ります。結構話題になっている、

ファミコン 誕生から37年も“現役” ブランド健在の理由(河村鳴紘) - Yahoo!ニュース 任天堂の家庭用ゲーム機「ファミリーコンピュータ」が1983年発売され、7月15日に37歳の“誕生日”を迎えます。オンラインサービスもあるなどいまだに“現役”です。なぜでしょうか。
ファミコン 誕生から37年も“現役” ブランド健在の理由(河村鳴紘) - Yahoo!ニュース news.yahoo.co.jp
ファミコン 誕生から37年も“現役” ブランド健在の理由(河村鳴紘) - Yahoo!ニュース

の記事について。編集者の赤字です。

「ファミリーコンピュータ」は、世界で6191万本を出荷した家庭用ゲーム機で

単位が合っていません。

ですが20年後の2003年、部品の確保が難しくなり生産を中止、2007年には修理も終えて「ゲームオーバー」になったように見えました。

20年もゲームオーバーになってなかったのか! という驚きの方が多いんですが、どうでしょうか。
また特許権が切れたので、互換機がフリーになりました。なので今でも互換機で昔のカセットを遊ぶことができます。

またゲーム機「ニンテンドースイッチ」の有料オンラインサービスとして、ファミコンソフトが遊べますから、“現役”なのです。

DSやWiiの時代から遊べてます。

「ドンキーコング」など100円硬貨が必要なアーケードゲームが、家で遊び放題になったのです。そしてファミコンのある家に子供が集まってテレビを囲む現象が起きました。あまりの子供たちの熱中ぶりに、世の親たちは批判的に見るほどでした。

逆です。ファミコンは先に「親」が熱中したので、家庭に入っていけたのです。そのために任天堂は意図的に「五目並べ」「麻雀」スポーツゲームといったソフトを初年度からラインナップしています。初期のファミコンを押し上げたのは、実は「麻雀」「ベースボール」というのは有名かと。そこに子供の欲求があったので、子供を盾にして、親父さんが買ってくるという流れですね。

岩崎注
14,800円は当時としてはものすごく高いオモチャなので、子供の声でホイホイ買ってもらえる代物ではない。
感覚的には誕生日とクリスマスを合体しても厳しい感じだと思う。
だから親のどっちかを味方につけないと家庭に入れない。
そして言うまでもなく、こういう時はお母さんはになるので、お父さんを引き入れる必要がある。だから麻雀・ベースボール、なのだ。
さらに追記すると、中でも麻雀がヒットしたことで、ハドソンが『ジャン狂』として発売する予定だった四人打ち麻雀を任天堂が買い取り発売する流れが出来上がる。

中でも注目すべきは、ファミコンの開発が、1980年に出た任天堂の携帯ゲーム機「ゲーム&ウォッチ」のヒット中の裏で進行していたことです。

任天堂のテレビゲーム機は他のメーカーも含めてそれ以前にあるので裏で進行していたんでなく、手前で苦渋を舐めたからという流れなんですけどね。

ファミコンの累計出荷数「6191万本」を見て、「ニンテンドーDSは約1億5000万台だから少ない」

誰か赤入れろよ。

ファミコンが欲しければ近所の玩具店に予約し、辛抱強く待つしかありませんでした。だから子供たちは、ファミコンのある友達の家に殺到したわけですが……。

この当時、ファミコン本体は品不足になってません。いわゆるCバージョンとか辺りまでは不具合が多かったんですが、1984年のブーム直前(ナムコ参入直前)からは、潤沢に出荷されてます。

岩崎注
ファミコン本体は83年夏に売り出されてから、ずっとハード的なトラブルを抱えていて品不足気味だった。これらのトラブルが解消されたのがいわゆるCバージョン。

故・横井軍平さんも「枯れた技術の水平思考」という言葉で、使い古された技術の組み合わせの重要性を語っています。

ここは知り合いの皆さんも語っていますが、ファミコン、SFC、N64、GAMECUBEと、任天堂はこんな意識でハード開発していないです。
無理に「新規の技術に頼らない」というのはあるかもですが、軍平さんと任天堂のメインハードのラインは別のラインですから。
「枯れた技術の水平思考」をもし言うなら、ゲームボーイとかのラインですかね。

「ファミコン」「ニンテンドーDS」「Wii」「ニンテンドースイッチ」という大ヒットゲーム機を並べると、前評判はイマイチだったという共通点があります。

ふーん…。Wiiは少なくとも予約いっぱいでしたが。「ファミコン」については事前の文章と矛盾してるし。

しかし、任天堂以外の企業が参入し、ソフトの種類がそろうのはファミコンの発売から1年後以降の話です。

他のメーカーもそんなもの。むしろ「ファミコン」はそのサードパーティーを入れたから売れた部分は大きいですよ。発売から1年後って…w

2人で遊べるゲームは既に存在しましたが、当時のイメージとしては1人で遊ぶのが基本でした。特にファミコン登場の5年前に登場し、社会現象となったアーケードゲーム「スペースインベーダー」、「ゲーム&ウォッチ」も、1人で黙々遊ぶスタイルが当たり前でした。

みんな、自分の持っているゲーム&ウオッチ(オは大きい文字。だから、編集者は赤入れろ)をシェアしたり、インベーダーなら1基ずつ交代してみんなで遊んでたりしたんだよね。ぶっちゃけ今より娯楽が少ないので、1人でなんか遊んでない時代です。

そう考えると、当時は遊びに飢えていたなどの時流にも乗り、家族や友達と一緒にプレーできたことが、人気をけん引したのでしょう。

それを他のメーカーが考えてなかったと思うのでしょうか。という感想に尽きます。。。

「枯れた技術の水平志向」(だけなら)誤用を突っ込むつもりはなかったんですが、事実関係が違いすぎるのはダメかなぁ。
あと、やっぱりチェック機能が働いていないのが(オタチェックでなく)すごくダメな記事になってるので、発信者が反省するべきと思います。

以上、さあにんさんこと山本さんよりであった。

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いわさきの赤入れ

あとは僕もちょっと赤を入れておく。棒でぶっ叩くのが趣味なわけではないが、やはり間違いは間違いなので、訂正は入れておきたい。

ゲーム機が世界的な商品になるとは、誰も考えなかった時代の話です。

すでにATARI2600(VCS)が1000万台もアメリカで売れた後の話だ。みんな世界的な商品になりえるとわかっていた。だからVCSのライバルとして、様々なハード(例えばインテレビジョンなど)が登場している真っ最中だった。

使い古された要素技術を活用する利点は、大規模な“テスト”が終了して技術が極めて安定していること、コスト削減が容易な点にあります。ただし、新商品を考える企画者は、血を吐くほど苦労をするでしょう。(中略)ところが苦労にもかかわらず、味方であるはずの社内から猛反対されるのも「あるある」です。ファミコンも例外ではなく、リコーの推薦したチップを採用しようとすると、任天堂の社内から反対意見が出たことを明かしています。

これは当時、日本でデファクトスタンダードで使われていたCPUがZ80で、それに対してリコーが推薦してきたのが6502というCPUだったからで、全く理由が違う。
実は本当に信じられないのが、この引用文だ。
記事では任天堂の『社長が訊く』のスーパーマリオ25周年がリンクとして貼られている。そしてそこには、以下のように書かれているのだ。

上村
で、本来なら『ドンキーコング』を移植したいわけですから、業務用で使われているCPUを使うのが手っ取り早いんです。
ところがリコーさんは、自社でライセンスしていることもあって、6502を売り込んできたんです。
ところが、社内で6502を採用したいと言うと、「上村部長はゲームをつくっていないから、そんな判断をするんや」とまで言われてしまったんです。

岩田
社内の技術者の抵抗にあうくらい、社内の人たちも使ったことのないCPUだったんでしょうね。当時は、8ビットのCPUとして最も普及していたのは80系と呼ばれた8080やZ80などのCPUでしたし、『ドンキーコング』をはじめとした業務用ゲーム機などでは80系のCPUが使われることが多かったですからね。

https://www.nintendo.co.jp/n10/interview/mario25th/vol2/index2.html

つまり社内で反対を受けたのは6502というCPUを使うことであって、全く引用したような内容ではない。そしてそれは原文をちゃんと読んでいれば明らかなので、信じがたいがリンクを貼っても原文を読んでいないとしか思えない。

特に立ち上がりから1年内の人気ぶりについて

さあにんさんも書いているが、初期のファミコンはチップでハイエンドを狙ったことなどもあり歩留まりが悪く量産でものすごく苦戦する。だから発売して83年末まではセガとそれほど差がついていない。
差がつきはじめるのは84年春過ぎのサードパーティが参入するちょっと前あたりから。

しかし、任天堂以外の企業が参入し、ソフトの種類がそろうのはファミコンの発売から1年後以降の話です

そもそも当時はサードパーティの概念がない。
だから初参入のハドソンとナムコはどちらも開発環境から自社で作り、あとから契約の話を始めているし、日本で最初にサードパーティが出来たゲームマシンはファミコンだし、任天堂はサードパーティのことなんて想定もしていなかったのは様々な資料から明らかだ。
同じ理由で他社の(日本)ゲームマシンは全部自社製のソフトしかない。
つまり、この文章自体が全く当時の環境を理解しないまま書かれている。

特に僕がひどいと思ったところを追加して、これにて赤入れは終了としておきたい。

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4件のコメント

  • 物心ついた時にはファミコンはすでに普及していたものだった世代ですが
    それでも違和感はめっちゃあったのでこんなに突っ込みどころがあったとは。

    件の人からは、サブカル得意といってますけどオタク知識のなさ以前に、対象に対するリスペクトが感じられないような
    配慮が欠ける?とか一言多い?とか普通に失礼な感じがする。アニメは漫画の上位互換、とかいうタイトルを見て、アニメ関係者にも漫画関係者にも失礼じゃないかって思いました。
    サブカルって言葉も、正直自分で言うならともかく、メインに対するサブ、というイメージで良くはない

    サブカル・オタク的なカルチャー(ゲームだけではなく、漫画アニメラノベなど)なら適当に語ってもばれにくいし
    細かいことなんてどうでもいいだろ、みたいな。

    • 実はこれでもまださあにんさんは全部突っ込んでいませんし、僕も突っ込んでいません(‘A`)
      例えば…

      >ゲーム機が世界的な商品になるとは、誰も考えなかった時代の話です。
      すでにATARI2600(VCS)が1000万台もアメリカで売れた後の話です。みんな世界的な商品になりえるとわかっています。

      >ファミコンも例外ではなく、リコーの推薦したチップを採用しようとすると、任天堂の社内から反対意見が出たことを明かしています
      これは当時、日本でデファクトスタンダードで使われていたCPUがZ80で、それに対してリコーが推薦してきたのが6502というCPUだったからで、全く理由が違います。

      >特に立ち上がりから1年内の人気ぶりについて
      さあにんさんも書いていますが、初期のファミコンはチップでハイエンドを狙ったことなどもあり歩留まりが悪く量産でものすごく苦戦します。だから発売して83年末まではセガとそれほど差がついていません。
      差がつきはじめるのは84年、サードパーティが参入するちょっと前あたりからです。

      >しかし、任天堂以外の企業が参入し、ソフトの種類がそろうのはファミコンの発売から1年後以降の話です
      そもそも当時はサードパーティの概念がありません。だから初参入のハドソンとナムコはどちらも開発環境から自社で作り、あとから契約の話を始めています。同じ理由で他社のゲームマシンも全部「自社製のソフト」しかありません。だからこの文章自体が全く当時の環境を理解していません。

      というように、実はまだとんでもない間違いがたくさんあるのです…

  • 元記事はヤフーオーサーや取材歴20年と書いているので、アクセスする大多数の(知識に乏しい)人は正しい内容と判断してしまうような気がします。スポーツ(他も?)でも数字や知識が間違っている記事があったりと本件に似たような事象があります。
    ネット業界の実態を知らないので恐縮ですが、ネット上の記事に誤字脱字含め間違いが多いのは、ビュー稼ぎで著者並びに編集者(アップ担当?)も内容確認を殆どせず、仮に問題発生しても(書籍と違って)都合が悪ければ消せばよいとの考えかと思ってしまいます。

  • 横井さんの枯れた技術の水平思考は 担当が携帯機だから故だとおもうんですよね 当時携帯機は乾電池駆動が標準なので 今みたいに充電池でアダプターぶっ刺しプレイが普通に出来る環境では無いので
    省電力 小型化が厳しい最新ハイスペックチップなんて使えないでしょう
    無理に使うと筐体デカくて電池本数大量に使って全然持たないって言う駄目仕様になります ゲームギアやPCエンジンGTがカラー液晶でスペックも高いけど 電池本数とバッテリー持たなさは悪名高かったですからね
    ワンダースワンも白黒にしてまで電池1本で長時間駆動の設計してたわけだから 横井さん電池持ちを重要視してたのは感じます

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