1989年8月 – 不思議なメッセージ

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この話は1988-89年頃、PCエンジン版のイースを作るとき、僕が経験した話を出来るだけ正確に記録に残すつもりで書いている。ただし、これは

1)21年前の話で、記憶違いの可能性は十分にある。
2)僕が体験したり思ったりしたことを書くようにしているが、伝聞情報(二次情報程度)もある。

だから、当時の正確な記録ではない可能性はあるのは理解して欲しい。

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このあたりは色々な作業が重なっていて、単純に月で書けない話になっちゃってるけど、ともかく8-9月ともなると、ゲームの制作は最終段階に入りつつあった。
ザコ・ボスのバランスの調整、山根の書いてくるビジュアルデータを入れる - まだ8-9月あたりでは、エンディングとインターミッション(1と2の間のデモ)は完成していなかっし、エンディングも出来ていなかった - さらにテキストの直し、バランスの取り直し・ボスの作成、デバッグとてんてこまいだった。
正直、どれだけ人手があっても足りない状況で、僕は長山豊というハドソンにいた男をとっ掴まえて、テキストの直しを手伝ってもらうことにした。
スタッフロールのシナリオ再構成のところに名前が入っているスタッフだが、8月あたりから後、実質フルタイムで手伝ってもらったメンバーの一人だ。
スタッフロールに載っている人達は、当たり前のことながら全員仕事はしてもらっているわけだが、仕事量にはずいぶんばらつきはある。
例えばビジュアルの人手が足りなくて、久保君やらに無理矢理手伝ってもらったりしてはいたが、これはあくまで一時的に片手間で手伝ってもらったわけで、フルタイムで手伝ってもらったわけではない(アーティストは一時的に手伝ってもらった人は多い)。
フルタイムで手伝ってもらったのは、若い衆(芳賀・蛯名・佐橋・沢口・杉本)を除けば、途中からではあっても、長山君ぐらいだ。

【注】 ちなみに久保君は、クボキュウと呼ばれていたアーティストだが、自分の知っている中では、最もシャープなドットを置く2Dアーティストで、ドットだけなら山根よりすごいと思った。天外2でとっ捕まえて、一緒に仕事した。
あんまりドットがうまいもんで「ドットだけなら、山根よりうめえよな」と言ったら「失礼な! 俺の本当の実力を知りませんね、ゴー!」とか山根は言っていたが、本人もドットは久保君のほうが上だと思ってたようだ。


どうして長山君をとっつかまえてフルタイムで使ってもよかったのかというと、理由があった。
初めて彼を見てからしばらくの間、どうしてハドソンにいるのか、さっぱりわからない男だった。企画でもなければコード屋でもグラフィック屋でもなく、どのプロジェクトに参加しているわけでもなく、たまにデバッグを手伝っているぐらいで、しかも机の上には、山のように江戸時代の資料が置かれ、毎日それと格闘していた。
あまりに不思議だったので聞いてみると、当時、ハドソンの社長(SLの趣味で有名だった)が江戸時代のゲーム、それも考証のしっかりしたゲームを作りたがっていて、江戸時代を研究していた彼を採用し、社長プロジェクトの責任者に据えた…というわけだった。
ところがいうまでもなく、当時のハドソンはPCエンジンCDの立ち上げで社内のリソースも信頼できる外注も目一杯に使われていて、社長の趣味のような、売れるかどうか分からないゲームにリソースを割り当てる余裕などなく、彼はいわば社長ゲームの準備をしながら、雑用小間使いをしていたわけだ。
で、イースでも雑用でコマゴマと手伝ってもらっていたので、結構仲良くなっていたのに加え、彼は文章とか書けそうだったし(ハドソンで企画以外で文章を書けそうな数少ない人間だった)、前述した理由で基本ヒマのは知っていたので「イースのテキストの直しが多くて、苦労しているから、暇見て、直し手伝ってくれないかなあ」と振ったところ「いいですよ…というか、やりたいです」と非常にやる気な返事だったので、当時、技術の直接の管理のトップ(課長だったはず)だった、ヘクターこと小山さんにお願いしたら「使ってやってください」で、使えるようになったわけだ。

【注】 ヘクターという名前でオールドゲーマーなら気がつくだろうが、ハドソンの87年のキャラバンソフト、ファミコンのシューティング”Hector 87″は、小山さんのあだ名が「ヘクター」でメインプログラマだったのでついたタイトルだ。
間違ってはいけないがHector 87を作ったから、あだ名が「ヘクター」になったのではない。驚くべき事にあだ名がそのまま正式ゲーム名になってしまったのだ。

余談を書くと、長山君は、なんと、このイースが縁となってイースチームのアーティスト、イトマキと結婚
それだけでもビックリだが、そのあと、長山君はイースIVのシナリオを手がけて、しかも、このハドソン版イースIVは、1・2で若い衆と僕が呼んでいて、このシリーズで何度も出てきている蝦名や芳賀がメインプログラムを作っているのだから、二重にビックリだ。
そして、長山君はIVのあと、天外の第4の黙示録とかそこらへんのシナリオをやり、ハドソンの中でメインのシナリオライターになった挙げ句、退社してフリーのシナリオライターになってしまった。
今でもシナリオをやっているらしいので、なんとも嬉しい話だ。
と、余談はさておいて、本題に話を戻すと、どうしてイースのテキストを直すのに、手伝いが必要なほど苦労していたのかというと、2つの理由がある。
一つめの理由はイース1のテキストはオールカタカナだということ。
イース1では漢字仮名交じり文ではなく、オールカタカナで書かれており、カタカナをひらがなにするのは自動で出来るが、ひらがなを漢字の熟語にするのは自動では出来ない。つまりイース1の全てのセリフ(ただし音声のセリフだけは先に完成していたけど)を漢字かな交じり文にするために苦労していたわけだ。

【注】 パソコンなのになんで…と思う人多いだろうが、当時のPCは漢字はフォントパターンをROMで持っていて、しかも別売で、なおかつ第一水準と第二水準は別なのが当たり前だった。漢字ROMが標準で搭載されるようになったのは、まさにこのイースが発売される前後だった。だから、87年より前のゲームでは、たいていのパソコンゲームは「カタカナ」もしくは「ひらがな」のみのテキストだ。
追記。イース1のメッセージは「ひらがな+カタカナ」だったと言われたので、調べたら確かにそうでした。ただソースのレベルではオールカタカナでシフトコードでカタカナを表記する方式だったので、ソース上ではオールカタカナだったのです。

もう一つが表示可能なテキスト量の違い
イース1では漢字仮名交じり文にするだけで長さがまるで変ってしまうので、いずれにしても全面調整せざるを得なかったが、実は漢字仮名交じり文だったイース2にも問題があった。
PC版は640×200の画面に16ドットの漢字フォントで表示し、両側に漢字2文字ずつ分の意匠枠がついている状態。つまり、ウィンドウの枠などを無視して表示すると36文字の漢字かな交じり文のテキストが表示できることになる。それに対してPCエンジンでは、12ドットのフォントを使って320ドットで表示。320/12=26.7文字の表示領域しかない。しかも両側に16ドット、すなわち32ドット=漢字2.5文字分の意匠枠があるので、約24文字しか表示できない。
つまりオリジナルそのままのテキストでは横幅がパンクしたり、長すぎて複数ページに渡ったりという事態が頻発してしまうのだ。
メッセージウィンドウが複数にわたる(ボタンを押すたびに新しいウィンドウが表示されるということ)のは、出来るかぎり避けたかったので、オリジナルのテキストを文意を変えずに縮め、改行を調整していたのだが、イース2には膨大な量のテキストがあり、これの手直しが一人だとちょっと無理な雰囲気になっていたので、アシスタントとして長山君を捕まえたわけだ。
全く、彼なしにはイースのテキストを全部直すのは無理だったろう、と思う。

【注】 イース2ではテレパシーの魔法を使うことでモンスターと会話をすることが出来る。これがキーになっている謎も沢山あるのだが、言い換えると全てのモンスターにセリフがある。割り当てのルールは簡単で一つのモンスター発生ポイントから登場するモンスターに一つのセリフだった。

と、そんなこんなで長山君とテキストを直していたわけだが、ある日長山君がやってきて、僕に聞いた。
「岩崎さん、サルモン神殿の門番なんですが、こんなメッセージ読んだことあります?」
といって、見せてくれたのが
「Zzz。門番は眠りこけていて起きない」
という内容のメッセージ。
「なんだこりゃ? 見たことないぞ…?」
周辺のスタッフ誰に聞いても、一度も見たことがない。ソースを見るとフラグチェックはしていてフラグが立っていたら表示するのだが、そのフラグもまた見たことがない。こういう不思議な事は、解析マスターのHaHi君に聞くに限る。
というわけで--
「HaHi君~こんなメッセージ読んだことないんだけどさ、このフラグ、どこで立つのかね?」
しばらくソースを眺めたHaHi君。
「僕もわかんないな、ちょっと調べてみるよ」
…数時間後だったと記憶しているけれど、HaHi君が喜色満面で僕にいった。
「岩崎さん! わかったよ、このフラグ!」
「なんなの?」
「これはね、プロテクトなの!」
「え?」
「あのね、コピープロテクトに引っかかると、このフラグが立つんだよ。で、コピーでプレイしていると、サルモン神殿のここまで来て、門番が絶対に起きなくなるというわけ! つまりコピーで遊んでいると、このいいところから先、絶対に進まなくなるんだけど理由はわからない、というわけなんだよ!」
「なるほど! じゃあ削除してもいいわけだ!」
「そりゃうちらにはコピー問題ないもんね」

…と、今のコンソールのコピーの蔓延ぶりからすれば、思わず苦笑いしてしまうようなシメで、このメッセージは削除されたわけだが、今、コンソールでも同じようにコピーに悩まされ、コピー対策として、まるで同じような処理が入っているのだから、なんとも皮肉だ。
そして、このようなコピー対策をしないと話にならない市場…というのは不幸だと思ってしまうのだった。

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