PC88SR版の上海を作った人

ある日、facebookで、石川淳一さんから「上海ネタなので岩崎さんへw」というテキストと共に、PC88SR版の作者のW.TOCOMAさんのポストが僕のところに流されてきた。
一読して余りに面白かったのと、せっかくのゲーム史の1エピソードなのでブログに掲載してよいかお尋ねしたところ、W.TOCOMAさんに快諾していただき、こうして転載させていただけることになった。

ただし、今でも公表するのは微妙だと思った一部の金額や人名などは伏せさせていただき、打ち間違いと思われるところに修正を加えたこと、また当時の状況について、読者の皆さんがわからないと思うところに、僕から適時注釈を入れさせていただいたが、それ以外は、ほぼオリジナルそのままのテキストを掲載させていただいた。

今から約35年前の PC88SR版の『上海』の物語をお楽しみください。


PC88SR版上海制作物語

大学2年前の春休みに開発した商業作品処女作で、もう時効とも思うので開発経緯を記載します。
当時、福岡の和白に下宿してたんだけど4月から親が転勤で福岡にやって来る事になって、自宅通いになるので仕送りも無くなるしバイトを探そう!

でもゲームはオリジナルが作りたいので軽いビジネスソフトの開発請負は無いかと思って、技術力を評価していたシステムソフトに電話をしてみました。
当時システムソフトは、『ロードランナー』や『チョップリフター』などのゲームソフトはもちろんの事、NECのパソコンショップもやっていたのでそういうライトな仕事があるだろうと思って問い合わせたのです。

ところが応対頂いたのがMさんというゲーム部門の方で、うまく言いくるめられて、《上海を》一月で作らないといけない羽目に…。
初めて伺った平尾(福岡市南区)のマンションの一室で、これまた初めて見せられた白黒モニターにボタン1個のマウスがついていたMachintoshというコンピュータで動いていたオリジナルを見て、こりゃあー新しくって面白いなぁーって思っちゃって、移植に際して3D でやりたいとか言われるので、絶対リアルな影をつけてやる! って頼まれてもいない自分勝手な開発目標を妄想しちゃい、秘めて、まんまと引き受けちゃいました。

今の若い人がみると、麻雀牌とマウスを使った簡単な神経衰弱でしょ。としか感じない作品と思うけど…。
当時、パソコンにはマウスなんて付いていません!
Windows? そんな物もありません!
それどころか8ビットのPC-8801にはMS-DOSもCP/Mも無いのです。C言語なんて使える訳も無く、N88-Basicなんて遅くて使い物にならないので、フルアセンブラでの記述となります。

(注) CP/Mは8080ベースで作られた8ビットマシンのOSなので、OS自体はあったのだけど、バイトしている大学生が買えるお値段ではなかったし、もちろん開発環境などまで含めてそろえるのは無理だった。

また過去にマウスを使ったゲームなんて殆ど無く、パズルゲーム自体『倉庫番』という作品があったくらいで、そもそもパズルゲームというジャンルも無かったのです。

(注2) マウスそのものがものすごく新しいデバイスだった。また、これより前に上でもタイトルが出てくる『ロードランナー』の大ヒットがあり、アクションパズルは人気があったが、上海のような静的なパズルゲームには全く人気がなかった。これは不思議なのだけど、ペントミノといった箱詰めパズルを遊ぶソフトなどはあったが、確かに『上海』より前にパズルゲームが大ヒットした記憶はない。
そして『上海』の大ヒットを受けて、パズルゲームのブームがやってくるのである。

ゲーム部分は前作『玄武の瀧』の経験があるから1-2週間で作れる自信があり、まずは簡易的な2D版をそれくらいで作ったと思います。

問題はマウス。当時市場にあったマウスはNECが出している純正品とプリンター用シリアルポートに取り付けるASCII社製の2種類。
然るにコントロールするマウスドライバーも無い。雑誌ASCIIに簡単なシリアルポートマウスのサンプルが掲載されていたので、それを元にシリアルポートマウス用のマウスドライバーを開発し、はっきり覚えていませんが、NECマウス用のドライバーはテクニカルノウ(バイト先のシステムソフトが販売していた技術書)か何かのI/Oボートを手掛かりに1週間程度で対応しました。

次はWindowシステムを作ってその上にメニューを表示するUIのシステムを構築しました。これも1週間程度で実装しましたが意外に面倒で、この分野は現在のアプリケーション開発にも通じます。

その後は、やりたかった3D化です。3Dと言っても当時はパースペクトビューなんて言葉も無かったしOpen-GLもありません。
大学が電子機械科だったので、図学の斜投影図の応用でコーディングしました。更に秘めた野望のリアルな影というのは、麻雀牌が2段、3段と積み重なっていればちゃんと影も伸びるし、ゲーム展開で盤面がどの様な凹凸になろうが、影の落ちるべきところに、麻雀牌の上面はもちろんの事、側面にもリアルに影が落ちるように対応しました。
この対応は、上位機種であるPC98でもなされておらず、僕が知る限りAさんが移植されたNECワープロ文豪シリーズの『上海』のみが、同様の表現を実現しています。

ここまでは自宅で開発していたのですが、最後の1週間は、バグチェックで広尾に机を用意してもらい原付で通っておりました。
僕の席の真後ろで、ShadeというCGソフトを開発されていたと覚えております。
この作品を移植するにあたって、想定外だったのは配牌の手法で、ゲームの難易度がかわる点で、シャッフル方法も何通りか作成しました。
また、実は誰にも言っていなかったのですが、隠しコマンドもあり、詳細は忘却してしまったのですが、盤面の積み方を変えたり、ズルして異なる牌を消したりといった機能があったと思います。
いつかバレるかも…と心配しましたが、今日まで気付いたという報告は無く、自分自身もどうしたら出現するのか忘れちゃいました。

不眠不休のかなりハードな仕事だったのですが、ヒットした割には飛び込みの初仕事という事で??万円(買取)しか頂けず、後で他機種の移植は??万円以上だったのを知って、その差にあんまりだと、憤りを感じました。
ただ、割と名前が通った作品になったので、就活のPRにもなり、引き受けて良かったと思っています。

(終)


ゲーム『玄武の瀧』について

W.TOCOMAさんが“ゲーム部分は前作『玄武の瀧』の経験がある”と書いておられたので、このゲームについて調査した結果をオマケにつけておきます。

『玄武の瀧』について調べたところ、1985年3月に発行された当時あった雑誌の一つPCマガジンに掲載されたアクションゲームだとわかった。
「滝の両側にある崖と崖の間にロープを張って, それを伝わりながら 時々流れてくる魚を捕まえて, 指定された洞窟に入れるゲーム」なのだけど、これは実はモトネタが明らかにある。それが1983年にリリースされたコナミの大ヒットゲーム『ロックンロープ』。

1枚目の画像が『玄武の瀧』、2枚目が『ロックンロープ』
画面を見比べればわかる通り、基本的なメカニクスは『ロックンロープ』の影響を受けているのは間違いない。

ところで、さらにちょっとエピソードを書くと、この『ロックンロープ』の基本メカニクスはアレンジされてファミコンディスクシステムに移植される。
それが『アルマナの奇跡』

オープニングデモが、どう見てもこれ「インディジョーンズ 魔宮の伝説」だろと言いたくなったり、イロイロ思うところはあるけれど、やたらめったらカッコイイ音楽のゲームなのである。

と、ちょっとおまけもあったけれど、これがPC88SR版の『上海』の移植のお話であった。

LinkedIn にシェア
Pocket

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です