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PCエンジンの開発環境(ROM篇)
1988-1994年の間、PCエンジンのゲームを作るために、どんな環境で仕事をしていたのかということを記録に残しておくため、PCエンジンのソフトの開発システムについての記憶に残っている限りの覚書。
今の自分ですら忘れていて、やばいことが分かったので、一生懸命歴史的な資料として残すためシリーズ。
後の世に、このブログのメモがなんの役に立つのかと言われたら、わかんないけど、ナニカの役に立つ…こともない気がするが、残しておいてまあ損はないだろう。

PCエンジンの開発システムは、基本が左図のようにNECのPC-9801のCバスに接続される通信用の拡張ボードと、Hu7と呼ばれる開発キット(メモリが拡張されて、ROM領域がRAMとして実装されROMカードが簡単に開発できるシステム)がハードとしてあった。
もちろんPC-9801シリーズは、今のAT互換機と同じものではない、日本の独自規格ハードで、開発環境はWindowsではなくDOSだった。1988年前後はDOSのメモリ不足が深刻になりだした時代で、かつ186/V30/286あたりだったCPUが386に移行し、仮想86モードを使ったEMSとかRAMディスクが登場をし始める時代だ。ちなみにこの当時のPCのメモリはコンベンショナル(DOSが使える領域)640キロバイト+386用のプロテクトメモリが1-4メガバイト程度だったが、このプロテクトメモリは、最初のうちはなんの役にも立たないゴミのようなものだった。

今で言う64ビットOSでないOSに4ギガ以上のメモリを積んでいるときと似た状態だ。
さて、上のようなシステムで、どんな風にして開発していたのかというと…

1)PC-9801上でプログラムを作る。
2)デバッガを使ってHu7上のROM領域(正確にはROMに割り当てられるRAM)に転送し、起動する。
3)ゲームが動く。
4)デバッガで動作確認&デバッグ。
5)動作確認できたら、ROM用のリンクを行う。
6)実際にEPROMに焼く
7)デバッグして問題がなかったら、マスター提出

…とこういう風にしてゲームは開発されていた。ちなみにもちろん5-6-7はデバッグに入ってから行われる段階だ。
まあ、ターゲットが別のハードでよくある形で、いまだと開発機がネットワークにぶら下がっているのが普通だが、当時はパラレルインターフェースで直接接続されていたわけだ。


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タムリンの秘密
もともと、ニコ生に出たことから話は始まる。
ニコ生に出るとき、古いモノを持ってきてくれると盛り上がるというので21年前のCDを引っ張り出し作りかけのイースを持っていって見せた。ところが、それを見ていたPCエンジンマニアの外人がいて、なんとFacebook経由で「未完成版のイースを売ってくれ」と言ってきた。
僕は売る気はないと、蹴っ飛ばしていたのだが、しつこくして結構面倒くさかった。
(ぶっちゃけると、今でもメールがやってきている。返事出さずに無視してるけど)

で、それについてツイートしたところ「開発版」と「製品版」の違いの話になった。
基本的には開発版にはレアリティ以外なんのいいところはない。だいたい開発途中だからバグはあるし、最後までプレイ出来ないことがほとんどだ。デバッグコマンドが使えたところで、製品版との互換性がない場合が多いし、本当にコレクターアイテムでしかないと思う。
当たり前だが、作っている途中の未完成品なのだから、メリットなどほとんどないに等しいのだが、ただ、開発版の、特にPCエンジン時代のCDROMには製品版にはない人によっては大きなアドバンテージがある。
それは音楽だ。
例えばイース1・2では声優さんの声が音楽にミックスダウンされているので、オープニングのFeenaやリリアの曲は、音楽として聞けるトラックはCDDAとして入っていない。ところが、製作途中ではミックスダウンされていないバージョンが存在するので、オープニング・フィーナの2つをサウンドトラックとして聞くことが出来る。また米光さんのボスのアレンジは実は2つあり、最初の1個はボツになっているが、これは開発版の一部以外では聞くことが出来ない。
またエメドラでは福田さんにたった一曲ボツ出しした(ラスボスの曲が天外2のラスボスに似た印象があった)曲があるのだが、それを聞くことが出来たりする。
だからPCエンジン時代のCDでは、開発版にはメリットがないわけではない。しかし、そういや、自分の関係したゲームで一番曲が好きなのはエメドラなんだよなあ…てなことをツイートしたらである。

@DARL_Japan: @snapwith エメドラはやった事無いので、タムリンが(仲間が)死ぬほど馬鹿と言う事しか知りません。キリッ

と、とんでもないことを言ってきたので「PCエンジン版では直したわいっ!w」と返したところ…

@Non110: @snapwith えええ! PCエンジンのタムリンは賢いんですか!!!

ここで、お分かりにならないであろう人のために、タムリン問題を説明しておこう。
タムリンとはRPG、エメラルドドラゴンのヒロインで、序盤からずっとプレイヤーの分身たるアトルシャンと共に行動をする。
またエメラルドドラゴンでは戦闘でプレイヤーキャラ以外を操作することが出来ず、「命令」コマンドである程度コントロールすることしかできない。また魔法については一切コントロール出来ない。言い換えると、他のメンツはAIで行動し、プレイヤーはハラハラしながら見ていることしか出来ない。そしてPC88版では(多分すべてのPC版)、最初からいるタムリンは、パーティの貴重な回復役なのだが、通称タムリンレーザーと呼ばれる攻撃魔法レイヴァース習得後、ヒール(回復魔法)を唱えなくなって味方を見殺しにする…というので非常に有名だった。
これをもって「タムリンは馬鹿」というイメージが出来上がっていたわけだ。

ところがPCエンジン版のエメドラではタムリンはちゃんとヒールを使うので、賢い! と言われたし、@Non110 さんには驚かれたわけだが、これはPCエンジン版が賢い…というよりも、恐るべきPC版の仕様から来る問題で、PC版がバカになったわけではなかったのだ。
こんなものはソースを見たことがある人間以外は知る由もない事実だが、実はPC版ではAIが覚えられる魔法は4つしかない。
そしてタムリンレーザー覚えるときに、ヒールを潰してタムリンレーザーを覚える。
つまりPC版ではタムリンレーザーを覚えると同時にヒーラーとしての能力を失ってしまう世にも恐ろしい仕様だったのだ。
しかも、そんなことユーザーが分かるわけはない(どれだけの魔法を使えるのかなどをユーザーが知る方法は全くない)。だからユーザーはありもしないヒールを期待して、ヒールを持たないタムリンに見殺しにされて死んでいたわけだ。
つまり、PC版では「あるときを境に、ヒールを忘れてしまうタムリンのヒールを期待して死んでいた」わけだ。

というようなことを説明していたら、エメドラの原作者曰く
@Atsushi_Ii 飯淳 Ejun
バカな娘ほど可愛いと申しまして…w RT @snapwith: PCエンジン版では直したわいっ!w QT @DARL_Japan: @snapwith エメドラはやった事無いので、タムリンが(仲間が)死ぬほど馬鹿と言う事しか知りません。キリッ

お後がよろしいようで。

ちなみに、飯君は、現在パタポンシリーズのディレクターをしていて、もうすぐパタポン3の発売である。

■公式ページ
■体験版ダウンロードページ

PSNに体験版も置かれている。面白いと思ったら買ってあげてください。


|| 20:37 | comments (9) | trackback (0) | △ ||

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光り輝け、スーパーロボット
電撃オンラインだったか、どこだったかに書いた文のオリジナル版。
書いたのは2001年の2月27日。ファイルの日付がそうなってたからまず間違いないかと。
自分的には結構気に入ってる。ちょっとだけオリジナルから文章のアップデートはかけてある。

僕とスーパーロボット大戦シリーズのつきあいはSFCの『第三次スーパーロボット大戦』からあとは全てプレイしている…と、そんなつきあいである。
まあ、知らない人はいないと思うが、どんなゲームなのかをちょいちょいと説明しておこう。
たいてい、時代は未来。ガンダムが普通な頃に、ジオン公国とか、ネオジオンとか、はたまたそのあたりの、ガンダム系の敵が戦争を起こす。それに宇宙人やら地底人やら恐竜人類やら、古代ムー帝国やらが絡んできて、地球圏は大混乱に陥る。それをなんとかするために、あちこちの秘密基地やら、怪しい研究所やら、それとも宇宙人の遺産やら、ともかく宇宙のスーパーロボットとスーパーヒーローが一大集結して、悪と戦うのである!
初めて聞いた人は「なんじゃそりゃー」だろう。
そう、スーパーロボット大戦は、簡単に言うなら、古今の有名スーパーロボットがスポンサーと権利関係の許す限り集合して戦う、究極のゴッタ煮ゲームなのだ。(新注:最近は残念なことに鬼籍に入られた声優の方も出てきてしまったため、権利関係と声優さんが許す限り、が正しい感じになってきた)
そして、SFCの第3次は半年間、20回ぐらいクリアしたりするほどハマったし、それ以降もやり続けているのだから「どう考えたって、面白いんじゃあ」と言いたいところだが…こいつはちょっと疑わしい。
というのもだ。
スーパーロボット大戦は、ある意味「イカサマ」なのだ。
だいたいだ。
子供心にときめいたスーパーロボット(それも上は40歳以上にもなるオジサンの心を狙撃するマジンガーZから、下は15歳ぐらいの子供でもラブリーな気持ちになるターンAガンダムだのエヴァンゲリオンまで)が勢揃いしているのだ。
そして、その心のヒーローたるスーパーロボット(+パイロット)達を自分が操れるのだから、普通のゲームで四苦八苦する感情移入も全然問題なし。当たり前だ。
また、当たり前だが、敵も極めて分かりやすい。
「ミケーネ帝国」だろうが「キャンベル星人」だろうが、だいたい世界征服を狙っているし、登場キャラクタも、みなが知っている奴ばかりで説明無用。普通なら隠されているラスボスの名前まであまねく知れ渡っているのだから、話は簡単。敵も味方も、子供の頃から知った顔の、それもヒーローだの有名な敵役が勢揃いしているのだから、感情移入できなきゃ嘘だ。それだけで面白い。
だからイカサマ。
題材で勝っちゃっているんだから「それなりにまともなゲーム」ならば、面白いに決まっている。ところが「スパロボはものすごくちゃんとできたゲーム」だったので、メチャクチャ面白いわけだ。
実際、スーパーロボット大戦シリーズは、ゲームはファイアーエンブレム以来、極めてメジャーになったSRPG(シミュレーションRPG)の典型的なシステムなのだが、ロボットの特性をうまく伝えるようなパラメータ設定や、いわゆる魔法なんだけど「スーパーロボット世界」にうまくあっている「精神コマンド」、さらに改造や強化パーツなどがうまく組み合わさって、ロボットアニメの雰囲気をうまく出すことに成功しているシステムだと思う。
こうして出来ているスパロボは感情移入もは完璧だが、問題も実はタップリあるのが、またこのシリーズの面白いところだ。
まず世界観。
それらしく作ってあるフリはしているが、統一性はゼロ。まあ、これも仕方ない。
だいたい20も30も敵対勢力があって、その全部がたいてい地球征服を狙っているのだ。まともな話・世界観なぞ出来るわけもない。
世界を作るにしても、適当に切り張りして、つなぎ合わせて作る以外に方針があり得るわけもないし、話も同じで、登場人物が数十人以上になり、しかも矛盾だらけの世界観の中にいるのだから、メチャメチャになるに決まってる。シリーズ初期の「出てくるロボットの数が少なくて、なんとかごまかせた」頃を除いては、「どんな話」だったのかが、さっぱり説明できないモノばかりだ。
例えば、僕は最新作であるワンダースワンの「スーパーロボット大戦コンパクト2全3部作」をクリアしたところだが、話を説明しろと言われても困ってしまう。「謎の敵が出てきた」ことと、主人公がそれに関係していたことぐらいしか説明出来なくて、他、どんなことがあったのかと聞かれれば、アニメで出てきた名場面がいっぱいゲームで再現されていたなあ、と言えるぐらいだ。
(新注:ちなみにコンパクト2は後に全部統合されインパクトとなってPS2で発売された)
だが、もっと問題なのはゲームバランスだ。
だいたい常識的に考えて、TVで当たれば必殺、どんな奴も叩き殺してきたコンバトラーVの超電磁スピンとガンダムのビームライフル、どっちが強いと言われても困ってしまうし、ダイアモンドよりも固い超合金Z、その超合金Zよりも1000倍固い(と、当時呼んだマンガに書かれていた記憶があるが…)超合金ニューZ。これらで装甲されたマジンガーシリーズの装甲強度を数値化しろと言われたって、やっぱり困る。
常識的な考え方でパラメータに無理矢理割り振れば、ゲームにはなるだろう。確かにスパロボはそれでゲームになっているし、一応、それなりにバランスも取れているように見える。また、プロである以上、そうして作るのは当たり前だ。
だが、これは次の問題を引き起こす。それは最初の「心のヒーローが総登場する」が、逆にゲームに襲いかかってくるのだが「己の贔屓ロボが弱い」、あるいは「このロボットが強すぎる」という話である(笑)。
例えば、僕の心のヒーローは兜甲児であり、究極のヒーローロボットはマジンガーZである。
この僕にとっては、およそ「超合金Zで出来ているマジンガーZの装甲が、核融合程度のエネルギーで動いている量産品のモビルスーツのビームライフルごときで撃ち抜けるワケがない」のだ。
また、これの変形で「ショウ・ザマのオーラ力に対抗出来るモノがあるはずがない」、「断空砲を浴びて敵が生きていられるはずがない」、「アムロ・レイにシャア・アズナブル以外の撃つ兵器が当たるハズがない」、「ドモン・カッシュのシャイニングフィンガーに耐えられるキャラがいるはずがない」…まあ、ともかく文句は、それぞれのファンからは山のように登場するのは間違いない。
要は「ご贔屓キャラが弱い」とたちまち「ゲームバランスは、そのプレイヤーに取っては悪い」ことになってしまうわけだ。
ところが、例えば、この僕の趣味を満たすスパロボを仮に作るとだ、マジンガーZは実質無敵でゲームバランスがどうこうという話以前だし、断空砲がそこまで強かったら、やっぱりゲームバランスは崩壊だし、攻撃の当たらない敵もやっぱり無敵だし、ゲームとして破綻してるのは確かだ。
すなわち、極論するならば、スパロボでは「常識的な意味でのゲームバランスを取る」=「ゲームバランスを悪くする」と言っても過言ではない、とんでもない状況があるわけだ。
これは解決出来ないどうしようもないジレンマなので、スパロボのゲームバランスが良いと言われることはないだろう…なんて思ってしまうのだが、実はこれを解決する「圧倒的なアイディア」が一つある。
それは、一度目のプレイはメーカーが提供するバランス(いわゆる普通のゲームバランスが取られた<おとなしいスパロボ>)だが、2回目からは「登場キャラの登場時のレベル」から「ロボットの攻撃力」から、全部自分で設定してプレイ可能、というものだ。
こうすれば、2回目からは「ご贔屓のキャラはこの世のモノとは思えない強さ」にすることが出来て、どこの誰もが満足出来る作品になるのではなかろうか?

というわけで、スパロボX年選手の僕は、次の作品では、このシステムを入れて欲しいなあ、なんて思ってしまっているのだった。

スパロボ大好きで、スパロボのあるマシンはスパロボ出るたびに買う、なんてマネをしていた時代があった。それがナデシコが良く入るようになったあたりから、スパロボは自分の好みの(つまりオヤジ好きの)ラインから外れだし、Dあたりを最後に自分の好みとは「ちょっと違うんだよなあ」ってスパロボになって(つまりオヤジの好きなキャラが減ったってことだ)、以降は「ちょっといいなというラインアップのときだけ、つまみ食いするゲーム」になっていた。
(僕はナデシコという作品を最初から最後まで見たが、いまだ何が面白いのかすらわからないぐらい、自分と合っていない。でこれが母艦になってやたら出てくるようになったところで、どうにもこうにもキツくなったというのもあるけど)

そんな僕ですが、久しぶりに本気で欲しい! と思ったスパロボがコレ。

自分が欲しかったラインナップ勢ぞろいで、久しぶりに欲しくなりましたよw

ところで、お気づきと思うが、これは、このアフィリエイトをつけてはいるが、さっぱりやる気のないブログでこういうアフィリエイト記事(?)をやったら、果たしてどんだけの人数がクリックするだろうか? というギモンを思い切り解消するための実験であるw

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パソコン黎明期・中間色ペイント発見物語
今回のネタは、本当のパソコン黎明期といっていい1981年に、いかにしてクロマキーペイント(タイルペイント/タイル)が登場したか? の物語だ。

ここで先に原理的な解説を。しないと絶対にこの話は分からないので。
遥か遠い昔…およそ30年ほど前、黎明期のパソコンはたいてい数色しか色を表示出来なかった。
例えばパソコン界のキャデラックと言われたAPPLEIIですら40x48の16色グラフィックスか、280x192で4色(のちに6色に改良された)グラフィックス程度のものだった。
これらの数色の組み合わせで標準的になったのが8色カラー。PC-8001で初登場したと思うが、以後、10年以上に渡り色表現のデファクトスタンダードとして君臨した、後にデジタルカラーと呼ばれる8色だ。

カラーコード01234567
色 ■黒■青 ■赤■紫 ■緑■水 ■黄■白
輝度 ■黒 ■10% ■30% ■40% ■60% ■70% ■90% ■白

ビット表現だと下位からBーRーGと並んでいる3ビット表現のカラーコードで、今風のRGBの表現で言うと0か255しかない原色バリバリの8色。
ちなみにこの色コードのビットがB-R-Gと並んでいるのにも意味がある。輝度への寄与は大雑把に青=10%、赤=30%、緑=60%になるので、BRGという順は輝度への寄与の昇順で、白黒のモニタに繋ぐとカラーコードそのままで黒から白に明るくなるメリットがある。そして当時は白黒のモニタが普通にあったので、このような配慮はとても重要だった。これをRGBで並べると、白黒のグラデーションがガタガタになってしまう。少ないリソースでうまくいろいろやりくりするための先人の知恵だ。

【注】カラーモニタで高性能なものは、当時高価だった本体よりさらに高価な本当の高嶺の花だった。例に出ているPC-8001など本体はRAM16キロ版は168000円だったが、専用の安い方の12インチカラーモニタで188000円、高解像度カラーモニターはなんと298000円だった。全く馬鹿高くて話にならない代物だったわけだ。これがものすごい勢いで値下がりしていくことになるが、それはまた別の話だ。
■追記
輝度に変換したものを追加して並べておいた。青=10%,赤=30%、緑=60%で、実際どのようにグラデーションになるのか分かるようにした。

この8色は固定の原色でカラーパレットもなく中間色もない。だからごくごく初期のアドベンチャゲームでは人は黄色で塗られていたし、キャラクタも全て原色で書かれていた。これに革命を起こしたのがタイルによる中間色表現だ。
インターネットを探しても、貧乏人のためのCG講座ぐらいにしか資料の残っていない古びた知識だが、一定以上の解像度で隣り合った2つの色が人間の目では混ざって見えて中間色に見える、結果最大デジタル8色でも、組み合わせで8x7=56色の中間色が表現できる! というのがタイルもしくはクロマキーの基本的な考え方だ。マンガのスクリーントーンのような考え方だ、と書けば、分かる人が少しは増えるかも知れない。

左のパターンが典型的な例。貼ったタイルパターンがなぜやや暗い緑がかった黄色に見えるのかを説明すると、これは2ドットのタイルで赤・緑で表現されている。赤+緑は黄色だが、2ドットなので(2倍の広さで同じ明るさを表現していることになるから)実際の黄色の半分の輝度に大雑把になる。だからやや暗い黄色に見えるわけだ。なお貼ったパターンは貧乏人のためのCG講座からもらってきている。
実際には、市松模様と縦に真っ直ぐ並べるパターンで表現力はさらに強化できるし、当時はこれをも拡張した2x2タイルや3x2タイルも使っていたので、表現力がもう少しあった。

なお、僕の知る限りで最強のドット絵師の一人、山根ともおなどはタイルを「5445」だの数字で表現してしゃべっていて、しかもこれが当時の(少なくともファルコムの)アーティスト間では十分に普通に通じる言葉になっていたらしい。
いずれにしてもタイリングによる中間色はパレットのない固定された少ない色数で表現するための技術でしかなかった。だからWindows95が登場して256色が当たり前になった90年代半ばから、急速に廃れていき、2000年過ぎには完全に過去の遺物となった。(ちなみにディザリング、という形で今でもわずかに残っているが、これはアーティストの作る中間色タイルとは違うので、別物として取り扱いたい)
まあ固定された原色で中間色を表現するために、タイルを使った中間色表現なんてヘボなものが1990年代半ばまでは普通にあったのだと、まず理解しておいて欲しい。

そして本題は1981年から始まる。


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完売御礼など
あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします。

頒布した本が完売して嬉しかったのを兼ねて、出してしまった本の補足をいろいろ書いていきたい。

まず、一番大きかったことが「嵐の結界」を誰が思いついたのか分かったこと。
本当につい最近わかったのだが、実はこれが僕には長年の疑問だった。
というのも、イース1のマニュアルに結構しっかり書いてあるストーリーであるにもかかわらず、1・2を作ったとき、山根は全く嵐の結界について拘泥していなかった。また大浦君と桶谷君も気にしていなかった。つまり、実際にゲームを作っていた人間にとって、それほど重要な設定ではないのは明らかだった。だいたい本当に重要と考えている設定だったら、1・2で山根が定期船のコンテを出してくるわけがない。
「では誰が考えた設定なんだ?」というのは気になっていた。
もちろん誰も気にしていないからいいだろう…という事は出来るが、それでも誰かが考えたはずだし、その誰かは合理的な理由があってそうしたはずだ。さらに考えた人間はファルコムにいたはずなのは明らかだったが、それが誰なのかわからなかった。
この長年の疑問が、このブログのおかげで氷解した。
嵐の結界を考えたのは、当時、ファルコムに在籍していたシナリオライターの五十嵐哲也氏。ロマンシア・ソーサリアン・スタートレーダーなどなど、ファルコムの最初の黄金時代を支えたメンバーの1人だ(代表作はソーサリアンではないか、と思うのだが…)。
どうして、嵐の結界が出来上がったのかというと、以下が教えてもらった話。本人からの言葉だ。

「嵐の結界」が出てくるマニュアルの拙い小説ですが、あれ、私が書きました。自由に行き来できるようにすると、エステリアの人々がプロマロックの町に避難してくるかなと思いまして。ちなみにイースではその他にアドルとモンスターのネーミングを担当しました。

五十嵐さん自身の言葉を疑う必要は全くないし、極めて簡単かつストレートな理由で理解できる。
そして自分が定期船でいいと思った理由は、まさにこの理由の逆。

嵐の結界なんてものが出来ていて、かつモンスターが跳梁跋扈して町の人がびびっているなら、もうちょっと町の中が騒然とした雰囲気になっているだろう。だいたい食糧の供給や様々な問題も発生する。だから町の中で真剣に騒いでいるのはサラぐらいで、他は不安に思いながらもそのうち収まるだろう…と思っている、ちょっと魔物が出てどうしようか不安になっている町

と、こんなイメージを持っていたので、山根の書いてきた定期船でいいと思ったわけだ。
(五十嵐氏の設定と町の中の設定のズレは87年のRPGだからしょうがなかったのだろう…という気もするが)
それから、アドル・クリスティンが五十嵐さんだったとは、全く驚きだ。山根のバカ野郎、なんもそういうこと言ってなかったぞ、畜生。



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