2011-03-29 Tue [ 転載物::商業誌 ]
去年、ワールドカップ前後に書いた電撃プレイステーションのコラムの大幅増量&改訂版。
余りに中身が変わったので、カテゴリを迷ったけど、本当はこれぐらい書きたかったコラムだったので転載でいいやと思ったw
さて。
ピンボールは、このブログ読んでいる人の大半にとっては「名前を知っているが、プレイしたことがないゲーム」の一つではなかろうかと思うので、簡単に内容を説明しておこう。
左にあるような筐体の、結構大きな2メートル近いサイズの様々なギミックが載っているゲームボードの上を転がってくる金属製のボールをフリッパーと呼ばれる2本のバットのような物で打ち返し、出来るだけ長い時間ボールを落とさず、かつギミックを狙って、役を作っていくことで高得点を目指すゲーム。ちなみに左の画像は今回取り上げたゲームにも含まれているBlack Knightというピンボール。
…と書いても、さっぱりわからないだろうなあと、このコラムを書いたときは思っていたので、ここはインターネットの力で拾ってきた画像とともに、デジタルピンボール初期のマルチボール(複数のボールが同時に出る)ピンボールの最高傑作のひとつと信じて疑わないSTERNのFLIGHT 2000を例に取って「実際に、どんな風にプレイをするものだったのか?」を説明したい。
続きを読む▽
余りに中身が変わったので、カテゴリを迷ったけど、本当はこれぐらい書きたかったコラムだったので転載でいいやと思ったw
さて。
ピンボールは、このブログ読んでいる人の大半にとっては「名前を知っているが、プレイしたことがないゲーム」の一つではなかろうかと思うので、簡単に内容を説明しておこう。左にあるような筐体の、結構大きな2メートル近いサイズの様々なギミックが載っているゲームボードの上を転がってくる金属製のボールをフリッパーと呼ばれる2本のバットのような物で打ち返し、出来るだけ長い時間ボールを落とさず、かつギミックを狙って、役を作っていくことで高得点を目指すゲーム。ちなみに左の画像は今回取り上げたゲームにも含まれているBlack Knightというピンボール。
…と書いても、さっぱりわからないだろうなあと、このコラムを書いたときは思っていたので、ここはインターネットの力で拾ってきた画像とともに、デジタルピンボール初期のマルチボール(複数のボールが同時に出る)ピンボールの最高傑作のひとつと信じて疑わないSTERNのFLIGHT 2000を例に取って「実際に、どんな風にプレイをするものだったのか?」を説明したい。
ちなみにピンボールをテレビゲーム…というか、コンピュータでやろうとする試みはとても古くからあり、アップルIIの伝説的に有名なビル・バッジの『ピンボールコンストラクションキット』あたりから始まり、アーケードでブロック崩しの変形、ナムコのGeeBee、ファミコンで任天堂から発売されていた『ピンボール』、PCエンジンとメガドライブで結構ヒットした『エイリアンクラッシュ』&『デビルクラッシュ』、Kazeの名作デジピン『ラストグラディエイター』・『パワーレンジャー』、Windowsに付属してた『Space Cadet』などなど、結構歴史もあって、それなりに遊んだ人もいると思うが、それでもマイナーなのは間違いないだろう。
続きを読む▽
2011-03-26 Sat [ 天外2製作メモ ]
イースの製作メモの最後で書いたが、天外2の開発を始めるからやってくれ…と話された後、中本さんとしばらく話し込んだ。
1990年半ばには、僕はフリーでの税金処理の面倒くささ(これも一度ブログで書きたい話だ)に参って、当時、角川メディアオフィスの編集長だった佐藤辰男さんの誘いを受けて、角川メディアオフィスの社員になっていた。
例によってどっかで食事して、そのあと飲んで…という流れだったはずだが、大雑把にはこんな内容だった。
「天外2をよぉ、作るとして、今のCDROMだとどうなんだべさ?」
「ビジュアルはイースと同じが上限。戦闘はノーアクセスは無理で、バックグラウンドリード必須。ちょっと豪華な天外1ですね」
「そんなもんか?」
「そんなもんですよ」
「だって」
続きを読む▽
1990年半ばには、僕はフリーでの税金処理の面倒くささ(これも一度ブログで書きたい話だ)に参って、当時、角川メディアオフィスの編集長だった佐藤辰男さんの誘いを受けて、角川メディアオフィスの社員になっていた。
角川メディアオフィスは、角川歴彦氏によって創設された角川書店の子会社。この会社のメンバーの大半が3年ほどして、角川のお家騒動に巻き込まれる形でメディアオフィスを退社し、メディアワークスの創設に関わる事になる。
そしてこのメディアワークスが後に角川歴彦氏が角川書店に戻ることになり、最終的に角川の傘下に入る形になる。
このあたりのビックリな話も一度書いてみたいところだw
そしてこのメディアワークスが後に角川歴彦氏が角川書店に戻ることになり、最終的に角川の傘下に入る形になる。
このあたりのビックリな話も一度書いてみたいところだw
例によってどっかで食事して、そのあと飲んで…という流れだったはずだが、大雑把にはこんな内容だった。
「天外2をよぉ、作るとして、今のCDROMだとどうなんだべさ?」
「ビジュアルはイースと同じが上限。戦闘はノーアクセスは無理で、バックグラウンドリード必須。ちょっと豪華な天外1ですね」
「そんなもんか?」
「そんなもんですよ」
「だって」
続きを読む▽
2011-03-23 Wed [ 日記 ]
気がついたらブログ作って1年経っていた。
週に2回ぐらいは更新しよう…というのを目標にやってきたけれど、現時点でポスト数が100を越えていないので目標にはわずかに届かなかったらしい。
もともと、このブログは、80年代後半のゲーム開発について、あまりに間違いが多いのにウンザリして、少なくとも自分が知っている事は出来るだけ正しく残しておこう…ってつもりで、主にイースの話を書くために始めたブログだったけど、結果的には自分の興味の赴くままに、適当にいろんなことを書き散らかす、謎のブログになってしまった。
あと、このブログをやるまではインターネットでは、本名を出さなくなかったけど、このブログを始めるときを期に、ツイッターも本名にした。
そりゃま、イースの話をどこのわけのわからん馬の骨が書いても話にならないわけだし、信頼性も説得力も皆無だから、ブログは本名でやんないと、ってのは決めてたけど、本名にしたら結構面倒なことも起きたけれど、古い友達ともまた会えたし、仕事もやりやすくなった。
本名でブログ始めてよかったと思ってるし、ツイッターも本名にして良かったと思っている。
1年経ったら、また書いてみよう。
週に2回ぐらいは更新しよう…というのを目標にやってきたけれど、現時点でポスト数が100を越えていないので目標にはわずかに届かなかったらしい。
もともと、このブログは、80年代後半のゲーム開発について、あまりに間違いが多いのにウンザリして、少なくとも自分が知っている事は出来るだけ正しく残しておこう…ってつもりで、主にイースの話を書くために始めたブログだったけど、結果的には自分の興味の赴くままに、適当にいろんなことを書き散らかす、謎のブログになってしまった。
あと、このブログをやるまではインターネットでは、本名を出さなくなかったけど、このブログを始めるときを期に、ツイッターも本名にした。
そりゃま、イースの話をどこのわけのわからん馬の骨が書いても話にならないわけだし、信頼性も説得力も皆無だから、ブログは本名でやんないと、ってのは決めてたけど、本名にしたら結構面倒なことも起きたけれど、古い友達ともまた会えたし、仕事もやりやすくなった。
本名でブログ始めてよかったと思ってるし、ツイッターも本名にして良かったと思っている。
1年経ったら、また書いてみよう。
2011-03-21 Mon [ 昔のこと ]
Twitterで
『ツイッターで見る、反原発の人ってヒステリックに叫ぶけど、背景知識が全くなく、仮にある場合でも全然間違っているとしか思えない知識ばかりなのはナゼなんだろう(;´ω`)』
と、ふっとぼやいたところ、
『「私は不安です!」を他の言葉で言い換えてるだけだからじゃないですかね。('ω')』
みたいな返事があり、フムフムと思うと同時に
『 ぶっちゃけ、今の反原発って「映画のスクリーンからジェイソンが飛び出してきて俺を刺したらどうするんだ!?」ってぐらい非合理なことばっかりいってるのでポカーンとなるのです('A`)』
(追記。もちろん反原発運動をしている人全てがこういうワケではない。たまたツイッター上で見たデマ拡大マシーンみたいな方々がそうだったというだけだ)
と、書いた瞬間に、電光のように思い出した、ちょっと面白い話を書きたい。
人は本当の恐怖を味わうと、顔は青いを通り越して白くなる。
続きを読む▽
『ツイッターで見る、反原発の人ってヒステリックに叫ぶけど、背景知識が全くなく、仮にある場合でも全然間違っているとしか思えない知識ばかりなのはナゼなんだろう(;´ω`)』
と、ふっとぼやいたところ、
『「私は不安です!」を他の言葉で言い換えてるだけだからじゃないですかね。('ω')』
みたいな返事があり、フムフムと思うと同時に
『 ぶっちゃけ、今の反原発って「映画のスクリーンからジェイソンが飛び出してきて俺を刺したらどうするんだ!?」ってぐらい非合理なことばっかりいってるのでポカーンとなるのです('A`)』
(追記。もちろん反原発運動をしている人全てがこういうワケではない。たまたツイッター上で見たデマ拡大マシーンみたいな方々がそうだったというだけだ)
と、書いた瞬間に、電光のように思い出した、ちょっと面白い話を書きたい。
人は本当の恐怖を味わうと、顔は青いを通り越して白くなる。
続きを読む▽
2011-03-16 Wed [ ゲームについて::理屈のこと ]
いきなり余談なのだけど、少しでもシド・フィールドを知ってもらいたいと思って書いたシナリオの教科書を、ものすごく良く読んでもらえてます。嬉しいです。
さて本編。
前編では「どうしてバイオハザードがシリーズが進むに従って怖くなくなったのか?」について、FFVIIIをプレイして、自分なりの答えが見出せた…というところまで書いたわけだけだけど、さて…
FFVIIIはPS1時代のゲームで、今のゲームに見られない大きな特徴が一つある。
それは"Alone in the dark"方式、すなわち背景にプリレンダの画像を表示し、その上にポリゴンのキャラを配置する方法を使っていること。わかりやすく書くと、ベタ絵の上にポリゴンキャラを表示して、ポリゴンキャラが背景のベタ絵に合わせて動き、どっかで画面が切り替わったりするって仕掛けだ。
背景はプリレンダの1枚絵だから、あまりポリゴンも食わないし(1枚絵を表示するのもポリゴンなので全く食わないわけではない。また単なる1枚絵ばかりではなく多重スクロールする複数枚の場合もあった)、もちろん負荷も低い。しかも当時のPS1では望むべくもない高クオリティの絵を表示することが出来るうえに、人物にポリゴンを割り振ることが出来るので、人物のクオリティも上がると、まったくスバラシイ方法だ。
続きを読む▽






