2011-03-26 Sat [ 天外2製作メモ ]
イースの製作メモの最後で書いたが、天外2の開発を始めるからやってくれ…と話された後、中本さんとしばらく話し込んだ。
1990年半ばには、僕はフリーでの税金処理の面倒くささ(これも一度ブログで書きたい話だ)に参って、当時、角川メディアオフィスの編集長だった佐藤辰男さんの誘いを受けて、角川メディアオフィスの社員になっていた。
例によってどっかで食事して、そのあと飲んで…という流れだったはずだが、大雑把にはこんな内容だった。
「天外2をよぉ、作るとして、今のCDROMだとどうなんだべさ?」
「ビジュアルはイースと同じが上限。戦闘はノーアクセスは無理で、バックグラウンドリード必須。ちょっと豪華な天外1ですね」
「そんなもんか?」
「そんなもんですよ」
「だって」
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1990年半ばには、僕はフリーでの税金処理の面倒くささ(これも一度ブログで書きたい話だ)に参って、当時、角川メディアオフィスの編集長だった佐藤辰男さんの誘いを受けて、角川メディアオフィスの社員になっていた。
角川メディアオフィスは、角川歴彦氏によって創設された角川書店の子会社。この会社のメンバーの大半が3年ほどして、角川のお家騒動に巻き込まれる形でメディアオフィスを退社し、メディアワークスの創設に関わる事になる。
そしてこのメディアワークスが後に角川歴彦氏が角川書店に戻ることになり、最終的に角川の傘下に入る形になる。
このあたりのビックリな話も一度書いてみたいところだw
そしてこのメディアワークスが後に角川歴彦氏が角川書店に戻ることになり、最終的に角川の傘下に入る形になる。
このあたりのビックリな話も一度書いてみたいところだw
例によってどっかで食事して、そのあと飲んで…という流れだったはずだが、大雑把にはこんな内容だった。
「天外2をよぉ、作るとして、今のCDROMだとどうなんだべさ?」
「ビジュアルはイースと同じが上限。戦闘はノーアクセスは無理で、バックグラウンドリード必須。ちょっと豪華な天外1ですね」
「そんなもんか?」
「そんなもんですよ」
「だって」
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