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1989年5月 - 米光さんのアレンジと出会う
前回はコレ
過去記事の集合体はコレ
この話は1988-89年頃、PCエンジン版のイースを作るとき、僕が経験した話を出来るだけ正確に記録に残すつもりで書いている。ただし、これは
1)21年前の話で、記憶違いの可能性は十分にある。
2)僕が体験したり思ったりしたことを書くようにしているが、伝聞情報(二次情報程度)もある。
だから、当時の正確な記録ではない可能性はあるのは理解して欲しい。

■■■

5月のデモに向けて、チームではオープニングを作っていた。4月の半ばぐらいにはオープニングのコンテは上がっていたのだが、山根がなかなか北海道に来なくて、最初のうちは作業が進みにくかったが、いったんくると作業ははかどるようになっていた。

山根はコンテを書けるし、容量を計算出来るし、自分でドット打てるし、プログラムのこともちゃんとわかっていて、まさに期待通りの仕事が出来た。


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|| 17:48 | comments (2) | trackback (0) | △ ||

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1989年4月 - スーパーイースというタイトル
前回はコレ
過去記事の集合体はコレ
この話は1988-89年頃、PCエンジン版のイースを作るとき、僕が経験した話を出来るだけ正確に記録に残すつもりで書いている。ただし、これは
1)21年前の話で、記憶違いの可能性は十分にある。
2)僕が体験したり思ったりしたことを書くようにしているが、伝聞情報(二次情報程度)もある。
だから、当時の正確な記録ではない可能性はあるのは理解して欲しい。
■■■

4月に入って、本格的にチームはスタートし、HaHi君と僕は札幌でチームを率いて、コードを書き始めていた(といってもプログラマは二人しかいないから、プログラムについては「チーム」じゃなかったけど(笑))。

山根はまだ北海道に来ていなかったが、それ以外のアーティストチームは一通り揃っていた。


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|| 18:58 | comments (0) | trackback (0) | △ ||

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オリジナルスタッフのイースの設定(アドルがつくまで)
前回はコレ
過去記事の集合体はコレ

この話は1988-89年頃、PCエンジン版のイースを作るとき、僕が経験した話を出来るだけ正確に記録に残すつもりで書いている。ただし、これは
1)21年前の話で、記憶違いの可能性は十分にある。
2)僕が体験したり思ったりしたことを書くようにしているが、伝聞情報(二次情報程度)もある。

だから、当時の正確な記録ではない可能性はあるのは理解して欲しい。

今回は、前回の続きで特殊な話なので、以下の文を読んでご了解ください。
僕はファルコムが整理した現在のイースの設定をもちろん尊重しているが、現在のイースの設定は、はオリジナルスタッフ(宮崎君・橋本君・倉本君・山根など)がファルコムを離脱してから長い年月が経った後、整理されたモノで、オリジナルスタッフの考えたイースとはかなりかけ離れた物になっている。
そこで、前回と今回はオリジナルスタッフが「何を考えていたのか」を当時聞いた内容と、それが実際にイース1・2にどのように反映されたか、についてを書いていきたいと思う。

なお設定の話なので、全部ネタバレでイース1および2を知っていることを前提に話を書いているので、イースについて知らない人でプレイしようと思っている人は読まないことを強くお勧めしておく。
曖昧だったところをイース1・2ではどのように最終的に決めたか(または変更した場合)をこの色のワクの中に書いておく



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|| 12:26 | comments (5) | trackback (0) | △ ||

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オリジナルスタッフのイースの設定(ゲーム以前)
前回はコレ
過去記事の集合体はコレ

この話は1988-89年頃、PCエンジン版のイースを作るとき、僕が経験した話を出来るだけ正確に記録に残すつもりで書いている。ただし、これは
1)21年前の話で、記憶違いの可能性は十分にある。
2)僕が体験したり思ったりしたことを書くようにしているが、伝聞情報(二次情報程度)もある。

だから、当時の正確な記録ではない可能性はあるのは理解して欲しい。

今回は、かなり特殊な話なので、以下の文を読んでご了解ください。

僕はファルコムが整理した現在のイースの設定をもちろん尊重している。

ただし、現在のイースはオリジナルスタッフ(宮崎君・橋本君・倉本君・山根など)がファルコムを離脱してから長い年月が経った後、整理されたイースであり、多分、オリジナルスタッフの考えたイースとはかなりかけ離れた物になっている。
そこで、今回はオリジナルスタッフが「何を考えていたのか」を当時聞いた内容と、それが実際にイース1・2にどのように反映されたか、についてを書いていきたいと思う。

なお設定の話なので、全部ネタバレでイース1および2を知っていることを前提に話を書いているので、イースについて知らない人でプレイしようと思っている人は読まないことを強くお勧めしておく。
なお、曖昧だったところをイース1・2ではどのように最終的に決めたかをこの色のワクの中に書いておく


まずイース1以前の話から。


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|| 22:57 | comments (3) | trackback (0) | △ ||

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思い出は遥か遠く
mixiの日記で友達相手に公開していたものだが、結構面白く書けているのでもったいないから、自分のblogに転載。
転載するにあたって、少しだけ直してある。

下らない理由でモノを検索していたら、ニコニコ動画に当たる。 
ぶっちゃけ飛ぶ必要のないものだったが、ふっと飛んだら、PCエンジン版のイースIIIの曲がメドレーでバリバリ鳴るムービーにあたり、思わず聞き惚れる。 
米光さんのイースのアレンジはブッチギリでこれがいいと思う。 

イースの移植をするにあたって、曲はCDDAで行くと決めたまでは良かったがアレンジャーが思いつかず、ゲームミュージックを聴き倒しているうちに、キングレコードの"Music From Ys"のアレンジ曲でぶっ飛んで「ゲームミュージックのアレンジといえば難波弘之氏」だった難波さんより絶対にイースのアレンジでは上だと思って米光さんにしてくれ、と当時ハドソンの音のトップだった笹川さんに頼み込んだのを今でも良く覚えている。 

もちろん、イースI・IIのアレンジはものすごく気に入っている。 
でも、出来上がったアレンジはどー考えてもイースIIIが出来いいんだよな~~ 
最高なんだよな~~~なんだか悔しいんだよな~~~(笑) 
なんでI・IIでは、ここまでアレンジしてくれなかったんだよ~米光さーん…と言いたくなる(笑)

山根のコンテの出来も、I・IIの時よりもIIIの時の方が遥かにいいし、PCエンジン版のIIIは本当にいい。
20年たっても悔しいものは悔しいな、うん。

デモネ、アルファの移植した人達w
別に説明の必要がないから言ったことなかったけど、Ys I・IIでTermination(ダームの曲)が5分あるのは、リピートして欲しくなかった(リピート時の無音区間がいやだった)から「PCで最高レベルの自分がダームを倒すことなんざまるで無視して、逃げ回って、どれだけ持ちこたえられるか」をテストして5分あれば、まず問題ないことがわかったから米光さんに5分の曲をお願いしたわけ。
ガルバランの「最強の敵」の米光アレンジは死ぬほどカッコイイけど、ガルバランは1分で終わるよね…(笑)

|| 19:29 | comments (2) | trackback (0) | △ ||

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