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カーソルキーと左スティック
左利きと3DSの話がゲーム史と関わるネタになってしまったので、以下に新しくポスト。
コメントを元に、自分の記憶と合わせて、初期のテレビゲーム史・パソコン史について書いてみたい。

【コメント】
そもそもファミコン(もっと前?)の時点で方向キーは左手、ボタンは右手で扱うようになってましたが、右利きが多数派として、ボタンより方向キーのほうが精密な操作が求められるので利き手の右手で扱うほうが自然な気がするんすがどうでしょうか。
ちなみに自分はPC派だったので、カーソルキーは右手で動かしてました
| ced | EMAIL | URL | 10/11/23 21:59 | Ms7J2QpE |

初期のテレビゲームはパドルゲームばかりで右手と左手の区別はなかった。だいたいパドルコントロールは真ん中についていた。
また、少し後でも、スティックはなかった。例えばアタリのブロッケードってゲームは上下左右にヘビを動かすゲームだが、移動はレバーではなく4方向のボタンだった。
つまり、初期のテレビゲームはパドルもしくはボタンもしくは、例えばアップライト筐体についている銃型のコントローラや、潜望鏡のミラーを使ってプレイするものだった。
ではどこでスティックが一般化したのか
間違いなくインベーダーだ。
でも、インベーダーも最初はボタン操作だった。断言できる。なぜなら、僕はボタンのインベーダーをプレイしたから。一番最初に僕が見たスペースインベーダーの操作系は左に移動ボタン2つがあり、右ボタンが射撃って構成のアップライトだった。確か、当時の羽田空港のゲームセンターで見たのが最初だったと思う。めっちゃやりにく! と思ったら、次に見たときには左手がレバーのアップライト筐体になっていた。
つまり、世紀の大ヒットをとばしたスペースインベーダーは左手レバー、右手、射撃で作られていたわけだ。どうして右手が射撃だったのかというと、これは憶測でしかないが…引き金を引くのは右手だからだと思う。
当時から銃を使う系列のゲームは必ずゲームセンターにはあり(絶対に今の人は知らないだろう、レーザークレーとか…)、引き金を引くのは普通は右手なので、射撃が右手になったのは自然な流れだったと思う。



【注】ここで書いておくと、スペースインベーダー以前には「テーブル筐体」はほとんどなかった(ブロック崩しがテーブル筐体としてあったが、スペースインベーダー以前にはそれほどなかった)。つまり、ゲームセンターはアップライトのテレビゲームとピンボールの世界だった。スペースインベーダーが恐ろしい勢いで日本中にテーブル筐体を普及させ、ゲームセンターの景色を一変させた。

とはいっても、当時は左レバー・右ボタンは固定されていなかった。コンパネによっては右レバー、左ボタンもあった。これも確信を持っていえる。なぜなら、実際にそういうテーブル筐体でプレイした友達が、あまりにやりにくいので右手と左手を交差させてプレイしていたからだ。自分自身は左利きなのもあって、異様な感じはしたけど、別に辛くはなかった。
いずれにしてもインベーダーは途方も無いブームで、スペースインベーダーがアーケードでの左レバーを決定付けたのは間違いない。
じゃあコンソールやPCはどうだったのかというと…

【コメント】
そういえば、殆ど全てのゲーム機は十字キー左ですけど、
PCでシューティングゲームをする時は右手で十字キーを操作して左手でショットを撃ちますね。
キーボードの配置上当たり前のことなんでしょうけど、改めて考えるとなんだか不思議な気分になります。
| マツナガ | EMAIL | URL | 10/11/26 02:55 | bv8cpG8c |

実はすべてのゲーム機が十字キー左じゃないし、PCの右カーソルも微妙だ。

まずPCの話をすると、元々はカーソルキーなんてありゃしなかった
これがPCの世界に初登場したのは多分コモドールのPET-2001にスクリーンエディタが搭載された瞬間で、そのときは上下キーで一個、左右キーで一個(シフトで切り替える)形式だった。日本での大ヒットハードPC-8001も同じ形式だったし、PC88は4つになったけれど、今のような並びではなかったりする。
今の並びにいつからなったかというと日本ではPC-9801前後。それまでは今ある形のカーソルキーは標準では搭載されていなかった
このあたりは、海外でも事情は同じだった。だからviというUNIXのスクリーンエディタはHJKLがカーソル移動だし、emacsはFBNPが移動。また大変有名なWord starが作り出した、ダイアモンドカーソルと呼ばれるWSDXでカーソルが移動する形式もある。
さて、このWSDXだのFBNPだののボタンの位置をキーボードの上で見ればわかるが、右手ばかりではない。ダイアモンドカーソルに至っては左手だ。
そして、カーソルキーがないので想像がつくだろうが、ゲームも上のような様々なアサインがされていた。
(なんで書き間違えてたか、わかんないけど、間違い直した…)
つまり移動はカーソルキーなんて常識は全然PCでもなかったし、もちろん右手が移動というルールもなかったわけだ。

【追記】めんどくさがって、とばしたら指摘されたので追記。日本のPCでは一度「テンキー時代」が来ている。それはPC88/FM7/X1がゲームの主流だった時代で、この3機種にはテンキーがあったので、テンキーで操作するのは一つの標準になっていた時代がある。つまり具体的な年代は微妙だがファミコン前後にPCでは右移動の時代があったのは間違いない。あと追記すると確かMSXはカーソルが標準だったので、その意味でもPCは右手のイメージが強いのは間違いない。

そしてカーソルキーが標準的にある現在でもカーソルキーで移動とは全く限らない。
例えば標準的なマウスを使うFPSの移動体系はWASDで左側。これまた右手は射撃で、左手は移動のゲームの例になる。そして、ふつーのアクションでも、海外のゲームではWASDを使う作品も多いので、カーソルキーによる移動は主に国内のみといって間違いではないと思う。

【追記】カーソルキーによる移動は国内だけ、と書いたがよく考えてみれば、韓国のカジュアル系アクションMOではカーソルキーが結構あるので国内だけとは言えないと思った。つまりマウスを使う場合にはWASD系が多く、マウスを使わない場合にはWASDとカーソルキーが混じる、が正しいと思う

ではコンソールはというと…?

【コメント】
初めて親に買ってもらったゲーム機がスーパーカセットビジョンだったのですが(笑)、あれはタバコの箱ぐらいの大きさのコントローラの上部両側面にボタン、下部に方向レバーが付いてました。
どうやって持っていたか思い出してみたら、左手でコントローラを持ち、その親指と人差し指でボタン操作、右手で方向レバーをつまんでいました。
自分は右利きですが、いま逆の手に持ち替えても違和感を感じます。でも同じ右利きでも、逆の手で操作していた人がいたかもしれませんね。
それに、自分もファミコンを遊ぶときは普通に左手で十字キーを操作していたのだから、不思議なものです。
| Shin-QC | EMAIL | URL | 10/11/24 08:16 | /NmX/ynM |

まさにこのコメントの通り。
スーパーカセットビジョンだけでなく、テレビゲームマシン初期の独立したコントローラはタバコの箱のような長めのコントローラの上に移動用のスティックがつき、左右どちらかの手でコントローラを持ってプレイするユニバーサルデザインだった。
例えばATARIのVCSのコントローラしかりだし、それどころかファミコンとの直接対決をしたマシン、セガのSG-1000(SC-3000)のコントローラもそういう形をしている。
つまり、任天堂のファミコンが登場するまでは、左手が移動を受け持つ今のスタイルではなかったし、形状も違ったわけだ。
では、任天堂は、ファミコンで横型のコントローラにしたのか?
これはあくまで推測でしかないが、考えられる合理的な理由は2つあると思う。
一つは任天堂が採用した十字キーが横持ちに合ったインターフェースだったこと。
実際試すとわかるけれど、親指で十字キーを押さえるとき、横持ちでなくすと、かなり異様な持ち方になり、操作性もいいとは言い難い。つまりコントローラを作るときに従来型のゲームマシンのようなユニバーサルデザインにはしづらく、横持ちの方が優れていると考えられたのだろう。
そして左に十字キーを置いたのは、任天堂が当時一流アーケードゲームメーカーだったからだと思う。当時アーケードゲームメーカーだった任天堂が、アーケードからの移植がやりにくくなる右手側に移動を置く必要などどこにもない。
実際、それより前のドンキーコングのゲームウォッチ版ですでに左に移動を置いているし、だいたいドンキーコングを移植する大命題のあるゲームマシンで、わざわざ右に移動を置く判断自体がありえないだろう。

…ちょっとだけ夢見てしまうのが、ここでコストに余裕があれば、上下を反転して右移動・左ボタンなんてコントローラとしても使えるようになったのかなあ、とか思ったりする。

というわけで、自分の記憶や様々な資料から、これがゲームでは左手が移動になった理由だと思っているのだった。

ちなみにコメントに書いた、ナムコの筐体は中央にレバーがあって、どちらでももてた…というのはレバーの位置は間違っていなかったけれど、どうもボタンは右にしかなかったらしい。
【追記】
@kenzoo6601さんの指摘で、記憶はどうやら正しかったらしい。
「純正筐体ではボスコニアン、ディグダグは右レバー左ボタン、ゼビウスやパック&パル、ギャプラスは中央レバーで左右ボタンですね」

いくら探しても資料が見つからず、記憶違いだったとしか思えなかったのだがフライヤーで見るとは…

|| 01:40 | comments (14) | trackback (0) | ||

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コメント
左ボタン版のDIGDUGをプレイしたことありますが、テーブル筐体の壁面に設置されたボタンを左手親指で押し込む動作は思いのほかやりにくいです。連射しにくいんですよ。
左でボタンを途中であきらめて両腕をクロスさせ右手ボタンでのプレイに切り替えてしまいました。
XEVIOUSとかの水平面ボタンなら左手ボタンでも平気なんですがね
| しめすへん | EMAIL | URL | 10/12/04 18:08 | 7CWDQGMs |
現在発売中のオトナファミに、『家庭用ゲーム機完全図鑑「昭和編」』っていうタイムリーな付録が付いてますね。
見たことも聞いたこともないハードがたくさん見られてよかったです。
| Shin-QC | EMAIL | URL | 10/12/03 04:14 | Ohg8vgbg |
ゲームシステム上のスクロール方向はどうなんでしょうか?
横スクロールアクションやシューティングの場合はほとんどが右へ進んで行くものですが、
その際自機の配置は左側のエリアをメインにして移動します。そうなるとスティックは左側に
配置されていた方がプレイヤーには直感的に認識しやすいというのもあるのかもしれません。

私の記憶では逆方向の左側に進んで行くのはスカイキッドが真っ先に思い浮かびますが、
利き腕利き脳に関連があるんでしょうかね?
| はちはち | EMAIL | URL | 10/11/30 18:23 | 7Q0Cf0A. |
そのSG1000マーク2のパッドはSG1000とファミコンの合体のようなパッドで、十字キー側の中心にスティックをねじ込むことで、そのような持ち方「も」出来るパッドとして作られているのです。

現実的にはそのパッドはファミコンのコントローラと同じ横型として使うことが大半でした。
| 岩崎 | EMAIL | URL | 10/11/30 13:32 | Eeem.i3Y |
SG-1000 MarkIIのTVCM
http://www.youtube.com/watch?v=iImQcL5Vs-g

の10秒目を見ると、当時はパッドを縦に持つ事で
両方の利き手に対応していたようですね。
| 隆三 | EMAIL | URL | 10/11/30 03:29 | Fj1Be/tQ |
友人の家でPC88版イースを遊ばせてもらった時に、テンキーで移動っていうのに面食らったことを思い出しました。
その友人はすいすい操作してるのに、自分は雑魚に殺される始末…
あ、彼は普通に右利きだったですね。
| Shin-QC | EMAIL | URL | 10/11/29 08:24 | /NmX/ynM |
カーソル移動で面白い事を思い出した。
FM-7版の倉庫番はキャラを移動する際にテンキーの1235で動かせた記憶が有る。

これが、メチャメチャ操作しやすかった。
2468じゃないって事は大英断だと思う。
(って、そういう例が無かっただけかも知れない)
| kerberosJP | EMAIL | URL | 10/11/29 05:23 | XBsyFmd6 |
何故か画像のURLが生きていないのでblogの記事にリンク
http://manuke2nd.slmame.com/e187001.html
このblogの一番上の写真。(クリックで表示って出るかも)

10/11/28 17:53 のpostの写真に酷似って言うかそのもの。
タイトーの写真は見つからず
| kerberosJP | EMAIL | URL | 10/11/28 19:26 | XBsyFmd6 |
日本のタイトーの筐体は写真がどうしても見つからないんすが、Bally Midwayのものなら見つかるので。

http://lunacityarcade.com/images/games/spaceinvaders.jpg

これがボタン筐体ですね。
| 岩崎 | EMAIL | URL | 10/11/28 17:53 | Eeem.i3Y |
俺もアップライトでボタンのインベーダーで遊んだ事が有る。
(俺は、東京タワーのゲームセンターだった。梱包のビニールを解いてすぐに遊ばせて貰ったのを覚えている)
左が操作。右が発射ボタンで間違い無い。
で、すぐに左がレバーのヤツに変更したみたい。すぐにボタン操作は消えた。

で、色々と画像を探してみたけど、どうも存在しない。
そんな中でボタンの色は違うけどドンピシャに近いのが
ttp://img01.slmame.com/usr/manuke2nd/Snapshot_158.jpg

これのボタンが白だったら、昔のイメージに近いと思う。
| kerberosJP | EMAIL | URL | 10/11/28 15:58 | XBsyFmd6 |
>>ced様
めんどーなので、テンキーをネグったらツイッターでもこっちでも指摘されたので追記しておきましたw

>>MSX研究所様
本質的に80年台半ばに、ファミコンがデファクトスタンダードとして君臨し、実質上、規格を統一してしまうまでは、結局入力系は混沌としていたってだけなんですが、しかしそのジョイスティックつーかコントローラはむちゃだw
| 岩崎 | EMAIL | URL | 10/11/28 14:51 | Eeem.i3Y |
ファミコン発売前は店頭に置いてあるSG-1000やカセットビジョンでよく遊びましたが、カセットビジョンは本体で操作するという物でしたし、SG-1000は手に持ってスティックを操作するという物で手の小さい子供からすると非常に遊び辛かった記憶があります。

その頃ゲーム&ウォッチを始めとするLSIゲームも流行してましたのでそれに慣れているとファミコンのコントローラーは操作して非常に遊び易かったです。

ドンキーコングも勿論ですけどファミコンのコントローラーに限って言えばゲーム&ウォッチの操作系がかなり用いられてる印象がファミコン発売当初からありますね。
| @twohiro | EMAIL | URL | 10/11/28 14:47 | MrZJsdwU |
面白いまとめですね。
ところで、マツナガさんのコメントの下の部分のPCについてなんですが、私はPC派といってもMSX派だったので多機種はそんなに詳しくないんですが、PC8001が出た時点で、カーソルキーがついてない機種は右側にテンキーがついてたと思います。
で、そういった機種では移動はテンキーの2468を使うことが主流だったと思います。そうなんで、ファミコン登場前の時点でPCゲーでは移動は右手というのが主流だった気がしたのですがどうでしょうか。
| ced | EMAIL | URL | 10/11/28 09:06 | Ms7J2QpE |
MSXの初期のジョイスティックは操縦桿を模した形のものばっかりで、いかにも遊びにくそうでした。
それがファミコン風パッドにだんだんと変わっていくのですが、ソニーだけはムダに独創的で、文中のスーパーカセットビジョンのようなコントローラのワイヤレス版(JS-75)なんてのもありました。
http://ameblo.jp/msx-lab/entry-10686621494.html

ソニーは他にも右が移動の変なパッド(JS-33)とか、妙なものばかり出していましたねえ。今も記念に持ってますがとてもマトモに遊べません。
80年代前半までは操作系は混沌としていましたね…。
| MSX研究所長 | EMAIL | URL | 10/11/28 02:14 | P6xXepeA |
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