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さよなら、ハドソン
今日はハドソンがなくなる日…なので遠いオークランドからだが、少しハドソンについて書きたい。

僕がハドソン北海道いた期間は1988の3月ごろから1990年のゴールデンウィーク明けまで。
そのあとも天外Ⅱを作るので90-92年まではハドソンとずっと仕事をしたことになる。

その間に関わった(実際にコードレベルまで関わった)作品は、凄ノ王伝説、CDROMBIOS、イースⅠ・Ⅱ、ボンバーボーイ、イース海外版、天外魔境Ⅱ…ivまで含めても7つぐらいしかないわけだけど、ハドソンで仕事して、僕はゲームを作るプロになれた。
だから、とても思い出深い会社だ。そしてまた、80年代終わりの、あの元気だったハドソンを知っている僕としては、その会社が組織としてはなくなってしまうというのはちょっと信じられない気持ちだ。

反面、1980年代の終わりから、1990年代の初めは、ハドソンがすごく変化して行った時期で、そしてそれは少なくとも僕にはあまり楽しくない方向への変化だった。
88年の3月に僕が初めてハドソンに行った時は、とてもオープンな会社で仕事していて楽しくてしょうがなかった。89年にイースを作っているときも、たまらなく楽しかった。
90年にイースの海外版を作って帰るまでの間、本当にハドソンに入るかどうか迷っていたぐらいだ。

ところが90年に天外Ⅱの企画をやり始めたあたりから、なんだかハドソンは変わり始めた。
よく言えば、組織がしっかりしてきたのだけど、悪く言えば外の人に対して冷たくなってきた。
1990年までは僕は外注だったけれど「ハドソンの仕事仲間」だった。
だけど天外Ⅱを作っている間、どんどんハドソンと僕との関係はおかしくなっていった。ハドソンは、僕を仕事仲間ではなく、下請けか何かのように扱う方向に進んで行った。そして1992年の1月にハドソンで最終デバッグしているときは、僕はもうあんまりハドソンでは次の仕事はしたくない気持ちになっていた。
(ついでに書けば、もうハドソンは僕には頼まないだろうと思っていた)。

でも、そのときのハドソンはまさに絶頂期で、北海道ではハドソンに就職が決まると赤飯が炊かれてしまうような、そんな会社になっていた。(桝田さんがそう言ってたんだけど、これは桝田さんの独特の皮肉だと思ってるけど)
そのとき、僕が思ったことはハドソンはしっかりした会社になったけど、フリーや外注にとってあまり楽しくない会社になったのも間違いない、ということだった。
以降、僕とハドソンの間には、ほとんど繋がりはなく、数回中本さんと食事して、ちょっとしたくだらないことが何回かあっただけだった。

正直、92年からあとのハドソンはあんま好きじゃない。
少なくとも僕にとって楽しい会社ではなかった。

それでも88-90年のハドソンは、本当に僕は大好きだったし、楽しかった。
3年間、ハドソンですごした日々は、年齢はずれているけれど、僕にとっての本当の青春だったと思うのだ。

さよなら、ハドソン。

|| 17:45 | comments (3) | trackback (0) | △ ||

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gumroadとameroadで同人誌を売って思ったこと
gumroadとameroadで同人誌を売って思ったことを書きたい。
といっても売り始めて数日なのだけど、それはともかくとして。

以前から、僕の同人誌の電子書籍版を結構ツイッターなんかで頼まれていて、自分でも作ってみたいと思ってはいたのだけど、今一歩踏み切ることが出来なかった。というのも、僕の(個人的な)定義の同人誌と、同人誌書店などでの電子出版の委託はズレるところがあり、あまりしたくなかったのだ。
なんで電子出版の委託はダメなのよというと、同人は強くサブカルチャー寄りだと自分では思っていて(あくまで「僕の感覚」の話)、そのサブカルチャーの世界の中にあった本を、委託に出すことに物理的にも、電子的にも抵抗感があったわけだ(これはあくまで僕の感覚の話だということは強く書いておく)。

そこに登場したのがgumroadとameroad。
ものすごく僕の手に近いところで、僕が好きなように売れる…ということで、今回作ってみた。
ぶっちゃければ、こんなものを作っている暇があったら仕事しろよという状況だけど、まあそれでも自分の目の前で本が売れていく感覚で、とても楽しい(というほど売れたわけでもないけど)。
で、gumroad/ameroadについて、言われていることについてちょっと書きたい。

●勝手に人のもの売られたらどうするの?
これについてはシステムやいろいろなところで対策してもらうことを期待するしかない。いわゆる不法配信問題なので。

●URL丸出しで流出したらどうすんの?
すごく意味があると思える意見なんだけど、実はこれはほっとんど意味がない。
なぜなら、直接URLが流出するのはgumroardだけど、流出が分かれば、そのURLは止めればいい。gumroadはすごく簡単にリンクを変えることが出来るから、そこは楽勝だ。
そして、ameroadはそれを意識する必要はもちろんない。
次に、だいたい販売しているものにDRMはかかっていない(かけている人もいないだろう。DRMってのは結構面倒なものだ)。すなわち、いずれにしてもコピーし放題で、悪意のある人の、どっかにポストされるとかアップロードされるとかに対抗することは出来ない。
だからそんなことを心配してもしょうがない。

と、僕は個人のリスクなので、途中に関わる人が少なく、自分でコントロールできることのメリットのほうを重く見てgumroad/ameroadを使ってみた。
宣伝もほぼ僕の手の内ってところがとてもいい。
自分のブログや自分のソーシャルメディアに関わっている人だけが見るだけで十分だ。
(ameroadはランキングがあるのだけど、個人的にはオフにする機能が欲しい)
もちろん、僕のブログに来る人なんてそんなに数はいないわけで、こんな方針では、大きく売れることなんてないのだけど、この本は「僕の話を面白く思ってくれる人」に買って欲しい。
読んだ人が「面白い」と思って、友達に勧めてくれるのは全然かまわない。ただ、それは読んだ人が納得づくであって欲しい。そして、面白さに納得するためには、たぶん当時のPCエンジンやいろんなことを知っていたり、もしくは興味があったりしないと無理な、とてもニッチなものだ。

そのニッチな人たちに向け同人誌として売ることが出来るgumroad/ameroadを僕は結構気に入っているのである。

ちなみに、ヒマをみてボツボツと「ときめきメモリアルの時代」を編集してるんだけど、これまた簡単に200ページを超えてしまいそうな…ま、そのうち考えますw

|| 18:59 | comments (0) | trackback (0) | △ ||

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DSの『有野の挑戦状2』をプレイして思ったこと
これは『電撃王』や『電撃プレイステーション』に載せていたコラムの中で思い入れが深いものや、付け加えをして今出すと面白いと思ったものをアップトゥデートして載せていくシリーズ。
今回は比較的新しくて、2009年の電撃プレイステーションに載せたコラム。

■■■

今回はDSの話だけどDSだけの話じゃない、変な話。
僕はCSで放送されている「ゲームセンターCX」という番組が大好きで、DSの『有野の挑戦状2』に特典DVD がついているだけで買ってしまうほどファンだったりする。
つまり、僕にとって『有野の挑戦状2』は特典DVD が大事で、正直、ゲームはオマケでしかなかったのだが、ついでにゲームを遊んだら想像以上に面白く(失礼!)、自分的に思うことが多々あったので、取り上げようというわけだ。
メチャメチャ失礼な、本当に作ったスタッフには失礼な言い草だが、本当にこのつもりで買った。僕にとってはゲームはどうでもいいから、ゲームセンターCX見せろ、だったのだ。昔なつかしのビッグワンガムだ。
…ビッグワンガムもわかんないよねw


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|| 19:30 | comments (6) | trackback (0) | △ ||

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イースの同人誌の電子出版版製作中
2010年の冬に出して、一度通販したPCエンジン版イース1・2制作メモの電子書籍版を作ってます。
PDFで用意するつもりで、最初は簡単に出来るつもりだったんだけど、だいたいスマホやipod touch で読めるようにしようとすると、フォーマットは全部作り直しになってしまって、まずここで大誤算! って感じでw

あと、自分的に文章もコマゴマ修正が必要で、これを一応決定版にしたくていろいろやってるんで、やたら手間かかってて、再販感覚だったはずなのにすでに4日、ヒマな時間を全部投入しても終わらない騒ぎにw

そいで、一応サンプルっぽいものを作ったので、興味がある方は読んでみてくださいませ。

■完成版のページ(ここのサンプルは終了しました)


|| 20:34 | comments (7) | trackback (0) | △ ||

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ハドソンがファミコンに参入するまで(5/終)
これは1983年春に始まり、1984年7月に終わる、ハドソンが史上初のサードパーティとして、ファミコンに参入するときの物語だ。
たくさんの当時の(がつくのが残念だが)ハドソンの方の協力を得て、ほぼ正しい歴史として記述できていると思いたい。
ただし、残念なことに、かなりの方から「自分の名前が文の中に出てくるのは歴史的なことだからいいけれど、誰が言ったかは分かるのはいやだ」といわれてしまったので、最初に名前を出してしまった野沢さん以外はハドソン関係者、ということで伏せておきたい。

さて本文。
1983年の秋までファミコンの売れ行きを見たハドソンは、これならイケるということで、サードパーティとしてファミコンに参入するべく、まずファミコンソフトの開発ツールを開発してから、任天堂との交渉に臨むことにした。


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|| 18:38 | comments (7) | trackback (0) | △ ||

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