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グローバルの意味
2007年に日本の会社を辞めてから2012年秋まで海外の会社でゲームを作っていたとき思ったことをツラツラと書いていきたい。
全然、ゲームとは関係ないけれど、少しはゲームとも関係ある話で、そして答えは今のところ僕は持ってない。

僕が2008年から2011年まで韓国で働いていたとき、凄い勢いでサムソンとかLGが伸びていて、いわゆる韓国脅威論が日本で流行り始めた時代だったのだけど、じゃあ韓国は景気いいのかというと全然そんなことなかった。
日本より人材流動性は高いけれど、学生は就職難で、ものすごい苦労してた。
例をあげれば、僕の知り合いも結構エリート(ソウル大学出身)なのに、いいところに就職できなくて苦労した挙句、今、ようやくそれなりのところに就職するのに成功してる。
それどころか、僕がいるときに例のリーマンショックがあって、そっからものすごいウォン安になって、輸入品とかいろんなものの値段がものすごく上がって、普通に暮らしてる韓国の人は生活苦になってた。多分それは変わってないと思う。
このとき日本では「円安に誘導しないから、企業がダメだダメだ、日本終わりだ」って言ってたけど、韓国で暮らしていて、サムソンやLGや現代が儲かったからといって、それが韓国の人の生活にプラスになっているのかといわれると、とても疑問だった。
つまり現代だのサムソンだのLGがすごい伸びて「うわーヤベー」とか言ってても、じゃあそれが韓国の人達にプラスになってんの? って質問をすると、少なくとも僕の見ている範囲ではなってなかったってことだ。
これを目の当たりにして、企業と国と個人の関係を少し考えるようになった。

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|| 22:52 | comments (1) | trackback (0) | △ ||

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続・KPIとゲーム
日本のゲームは海外と比較して、圧倒的に運営が強い…と書いたことに「本当か?」と書いていた人がいたので、書いておく。
疑いもなく本当だ。

僕は2007年にメディアワークスを辞めてから、韓国でF2PのアクションMOのゲームデザインをする過程で韓国の運営技術を覚えることが出来た。
そして、このとき、同時に日本で急速に運営技術が発達していて、ちょっとした理由があって、それも並行して覚えることができた(とは言っても、このときの技術と今の技術はかなり違っていたけれど)。
加えて、去年1年、ゲームロフトで仕事をしていて、ひと通り、ゲームロフトの運営技術も知ることができ、並行して日本のソーシャルゲームとつきあえたので、日本の最新の運営技術を見ることも出来た。
結果として、日本・欧米・韓国の運営技術をひと通り知識として身に付けることが出来たので、全部の技術を俯瞰することが出来る、ちょっとラッキーな状態になったのだけど、そこから見て、日本の運営技術は完全に群を抜いていると思う。

また、自分の印象の話だけではない。

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|| 22:29 | comments (0) | trackback (0) | △ ||

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8ビット時代のグラフィックについて
twitterで、X1やSMC-777などのVRAMがI/Oポートの先にある設計をおかしいハードだと書かれていたので「あー、今の目で見るとわからんか」と思うと同時に、それがゼンゼンおかしいどころでなく、とてもリーズナブルな設計の一つであったのだ、という話をここに書いておこうと、突然思ったので書く。

まず、当時のパソコンでとても主流だったグラフィックスを解説すると640x200。
RGB1ビットずつのデジタル8色。縦横8で割るとわかるが80x25。つまり当時のキャラクタ画面のドットに1:1対応するグラフィクスだ。
これRGB、それぞれのプレーンのサイズをKBで表すと16KB。
今から見ればカスのようなサイズだけど、アドレスバスが16ビットしかない8ビットマシンでは大問題になる。

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|| 22:57 | comments (7) | trackback (0) | △ ||

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1991年6月 仕様削減
「あーいいよ、季節のグラフィック削ろう。グラフィックはなくても成り立つんだよ」

市ヶ谷の天外2開発室で、開発のメインメンバーが集まって会議をしている中で、桝田さんが面倒くさそうに、少し投げやりな口調で言っていた。
僕は猛烈に機嫌が悪くなっていた。

山根がついにギブアップし、このままでは天外2のグラフィック(特にマップ)は間に合わないと言った瞬間だった。

オリジナルの天外Ⅱの企画では、全マップに季節があり(春夏秋冬)、イベントも季節に合わせて設計されていた。

だからシナリオは、秋の飛騨から話が始まり、冬の京都の北で絹と会って、春から夏に向かって進み、大文字で終わる、つまり桝田さんは季節の移り変わりを楽しんでもらうために、秋⇒冬⇒春⇒夏と、季節ごとに京都に戻ってきて、また出て行く、シナリオ上の構成をとっていた(なんでか夏からスタートするとか書いてたので修正)。

大きなカッコイイポイントとしては、秋から冬に向かう所で、京都の北に移動した所で大江山にたどり着く所で雪が降り、雪の大江山で絹を救い出す…なんて展開になっていた。


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|| 20:46 | comments (0) | trackback (0) | △ ||

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ネイキッド・ロフトのハドソン・ナイトに出演します(;´Д`)
えーと、いろいろな浮世の義理で3/30に開催されるネイキッドロフト(新宿)の『ハドソン・ナイト』って催し物に出ておしゃべりします。
まあ、ハドソン時代のことを話してポってことらしいです。

あと、古臭い資料を持ってきてほしいってことなので、1989年6月28日版のイース1・2とか、1991年8月の天外2とか持ち込む予定です。
一応仮想化したデータも持っていくつもりなので、最悪でもなんとか一般の方にも見せられるかとw

興味ある方は、下のリンクからどんぞ(;´Д`)

■予約フォーム



|| 23:19 | comments (0) | trackback (0) | △ ||

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