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今も昔もマシン論争
PS3がいいのX360がいいのといったハード論争を延々と繰り広げる方々がいるが、だいたい発売された年代が似たようなものなら(フォーカスが全然違わなければ)、性能も似たような物だ。
実際にそれでプログラムを書くことも、それを対象にしてゲームデザインをすることもなかろうに、なんで口角泡を飛ばすのか…と、見ているうちに1995年頃に電撃王に書いたコラムをふと思い出して、読み直したら、結構面白かったので、コマゴマ付け加えて、転載することにした。
以下、本文。

■■■

 今まで何度も書いてきたけれど、僕がパソコン(マイコン)を使い出して、17年が過ぎるうちに『値段は17年前と変わらないか、ヘタしたら安いぐらいで、速度で1000倍、メモリで2000倍以上、グラフィックに至っては<ある>と<ない>で比較の対象にもならないぐらい。記憶装置も値段は100分の1、速度は1000倍』なあんて、当時から思えばただの夢物語にしか過ぎないようなムチャな機械ばかりになってしまった。(苦笑)

【注】もちろんこれまた94-95年と1978-80年頃を比較しての、の話だ。この当時のマシンはだいたいメモリが256メガバイトも積まれていれば多い方だった。今(2011)はノートパソコンですら4ギガ(16倍)載っているのが「当たり前」の世界になっているのだから、ここからの性能向上も推して知るべし。

 あんまり進歩が速いもんで、17年前にマイコンを始めた当時に覚えて、今でも役に立っているのはキーボードのレイアウトぐらいのもんだ。
 当時に比べれば、随分キーの数は増えたけどね。(これはホントに覚えてよかったと思っている)
 当然、ソフトもケタが変わってしまって当時はベーシックを動かすのが目標で、今じゃ、Windowsが動くのは当たり前。
 なんとサイズで軽く100000倍。複雑さに至っては、話にもならないぐらいの差なわけ。
 ところが、それを使う人は今も昔も変わらないとみえて、17年前とまーるで同じことを繰り返している、面白いことが一つある。
 というわけで、今も昔も変わらないマシン論争の話。
 ただし、1977年版。

【注】ここでマシン論争と書いているのはAT(IBM-PC)系と、PC-9801(NEC)系、Macintosh、FM-TOWNS(富士通が出していた独自規格のパソコン系列)、X68K(正式名称はX68000。シャープが出していた独自規格のパソコン)などのいわゆるPCだ。
それぞれにファンがいて、それぞれに自分のマシンが最高だと主張していた。


 さて、当時(1978-80年前後)のマシン論争は今(1994-95年あたり、の意味だ)と少し違うところがある。
 というのも、今のマシン論争は基本的には「パソコンのパッケージ」の論争で、例えば「98対PC-AT(いわゆるIBM互換機)」とか「Windows対マック」と言った、パッケージとしてのマシンとか、OSとかの比較になることが大半だ。
 ところが‥当時のマシン論争は違った。
 なあんと、CPUの論争。
「どのCPUが使い易いか? 速くできるか? 小さなプログラムを組めるか?」
 これが基本だったのだ。
 それも、まあ当たり前で、昔のパソコン‥というかマイコンは、今と違ってほとんどが「キット」と呼ばれるものだった。
 キットっていうのは、部品がパックで用意されていて、ハンダゴテを使ってシコシコと自分で組み立てる、今では想像もつかないような恐ろしい代物なんだが、さらに言えば、このキットを使うのを善しとせず、全部自分で設計し、部品を買って作る「自作派」と呼ばれる人間までいた。(もう自作派もキットも滅びちゃったけどね)

【注】1970-80年代に「マイコンを自作する」のはユニバーサル基板の上に自分で部品を配置し、回路設計から全部自分でやり、当然さらにソフトも全部自分で書く究極の自作で、今の「自作」とは全く意味が違う。
ちなみに上に書いたキットには電源は含まれていないのが普通。またテレビに繋ぐ機能もないのが普通。だいたいは8セグメントのLEDが表示デバイスだった。

 このキット(もしくは自作のマシン)、さっき言ったみたいなメモリが1000分の1以下しかないようなマシンなのだから、当然出来るプログラムもタカが知れている。
 だからキットで作っても、ともかく使えるようにするためにメモリを拡張したり(自分でメモリボードを作ってね)、TVインターフェース(テレビに絵を写せるようにするための回路)を自作したりと、今の感覚から言えば途方もない改造を加えるのが当たり前だった。
 当時、こうして一生懸命作っていた人間達は、手塩をかけてマシンを作っていたわけだから、自分のマシンがすごく可愛い。
 勢い、人に自慢したくなるってわけだ。(僕も自慢してた。「おれのマシンはメモリが8キロバイトもあるんだぜ」って具合だ。ちなみに8キロバイトを実装するのに、当時の金で4万円以上もかかった)
 さらに一歩進めば人よりも優れている、と言いたくなるのも当たり前。
 ところがここに矛盾がある。
 使えるようにした自分のマシンって、当たり前のことながら、人と比較できるところなんてほとんどないんだよね。なんせ、作ったものの大半はオリジナルで世界に一個しかないんだから。
 というわけで、比較するとすればCPUぐらいしかなかったのだ。
 しかも、当時はまだマイコン創世期で、CPUも星の数ほど種類があったから、みんな自分のCPUが一番だっ! と言って口角、泡を飛ばして議論していたわけ。

【注】本当に星の数ほどあった。6800, 8080,8080の上位コンパチと言っていいZ80, COMAC32032, LKIT-16の富士通製CPU, 6502, SC/MP, SC/MPII, TMS-9900などなど。挙げ句の果てにはフルワイヤードで作られた自作CPUなんてのまで…

 そして当時あったCPUで、人気があったのは8080,6800の2つで、それぞれ「80派」と「68派」と呼ばれ、まさにそれこそ雑誌の上で火が出るような議論が繰り広げられていた。
 いわく「8080はレジスタマシンだからダサい」。
 いわく「6800は遅い」と言ったぐあい。
 ほーんとに、今から見れば、良くアキもせずに議論していたもんだ‥と思う。
 だが、この議論「80派 or 68派」の行き着いた先がとんでもなく面白い。
 実は8080は今をときめくインテルの、世界で初めての8ビットCPUで、これは後に、8085→8086→80186→80286→80386→486…と、今TVで宣伝している「インテル、はいってるぅ」のペンティアムまで続く一連の系譜の一番最初のメジャーなCPU。
 つまり、今ある98とかATとかTOWNSとかの祖先中の祖先なのだ。
 そして、当時のもう一方の雄6800はモトローラ(例の携帯電話の騒ぎでやたらめったら名前が有名になったあのモトローラだ)が作った8ビットCPUで、6800→6809→68000→68020→68030と続く、一連の系譜のやはり祖先中の祖先。(ちなみにホントは6809はほんの少し特殊なんだけど)
 で、これを採用しているので有名だった(過去形。でもPowerPCも元の設計にはモトローラが絡んでいる)マシンがなんと、98やATのユーザーとは犬猿の仲のマッキントッシュ。あと、やはり98ユーザーとは犬猿の仲であるシャープのX68000/X68020や、日本ではマイナーだけどAMIGA。
さらに言えば、6809は98やATユーザーとかなり仲が悪かった富士通のTOWNSの先祖にあたる、FM-8、FM-7のCPUとして採用されていた。
 17年前のCPU論争は、実は今に続く連綿としたマシン論争の先祖中の先祖だったわけだね。
 というわけで、今の人がやるマシン論争を聞くと、まったく今も昔も変わらない、と僕は思って苦笑いをしてしまうのだ。

■■■

と、書いたときはこれで終わったが、これだけなら「ああそんなもんだったよね」だけど、これがさらに笑える展開になるのが、この後だ。
X68を作っていたシャープはメビウスなどいろいろな名前でPCを売った挙げ句にPC事業から撤退。富士通はTOWNSを捨て、AT系にやってきた。ただしいまでも当時から使っていた「FM」の名前は残っている。
そしてとんでもないのがMac。MacはなんとPowerPCを捨て、Intel勢になってしまった。コストやいろいろな点を考えれば、とてもリーズナブルな判断だと思うが、CPU論的な昔のハード論争の感覚からすると同じハード。「なんだよ、お前らしょせんはインテルだろ?」って事になってしまう。

また、ゲームマシンはもっとメチャクチャで、このコラムを書いたときにはハードを出していたセガはZ80だったMarkIIIから68Kに転び、メガドライブを作り、さらにサターンで日立のSH-2に転び、ドリームキャストでSH-4にした挙げ句に撤退。
任天堂はSFCの65C816から、Nintendo64でVR4300ってMIPS系CPUになって、なんとPSと同じ系列になり、そのあとGAMECUBEでPowerPCに移行し、WiiもやっぱりPowerPC。
PSはというとPS1はR3000、PS2はR4000ベースとMIPS系だったけれど、PS3でPowerPC+SPUのCELLってまあ一応Power系に。
マイクロソフトは参入したとXBOXではインテルだったのが360ではPowerPCに。
つまり、今では全部の現役主流据え置きゲームマシンはPowerPC系で、1970年代のCPU論争的感覚からすると「全部同じ系列のマシン」ということになってしまうのだw

いやはや、全く時の流れってのは驚くような事実を作り出す物だ。
|| 20:37 | comments (4) | trackback (0) | ||

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コメント
ごぶさたしております(個人blogお持ちなのを今日知りましたw)。
マシンというか「ハード論争」懐かしいっすねw
当時NiftyのRT(って言葉自体死語かw)で、
いわゆるSSvsPS論争に、
「僕が作りたいジャンルのゲームが作りやすいのはどうやらSSっぽい、普通のBGとスプライトが普通に使えるから」
と発言したらPS派の人らにフルボッコされたのはいい思い出ですw
| DeltaDart | EMAIL | URL | 11/04/04 17:57 | GpaygOD. |
>> はちはち 様
据え置きに話は絞っていますw
携帯に話を持っていくと、例えば任天堂はZ80系>ARMで、ポケットステーションと同じかよ! みたいな話になったりしますのでw

>> atsu 様
ハード論争なんて別に自分ら作りもしないのに、なんでどっちが優秀っていうのか…と思いつつ、遥か遠い昔のniftyの時代からありましたからねーw
| 岩崎 | EMAIL | URL | 11/04/04 12:29 | Hj1iMids |
任天堂はゲームボーイの時点で既にZ80系採用してませんか?
結局後のGBCやGBAの互換も含めれば21世紀まで使い続けたわけですか
| はちはち | EMAIL | URL | 11/04/04 07:39 | 7Q0Cf0A. |
今のハード論争に関しては、ネット上の党派閥論争入門のネタとして
若い年齢層にも最適だったからなのかな、と思っています。

最近は硬直化してるようで、新機種発表等々の新たな視点でも提供されないと
議論自体も動かないようなので、傍から見ていてもつまんないですよね。
(未だに画面比較とか売上数持ち出してる連中もいるくらいだし)

それぞれの派閥を見ていると、他機種がどうこうよりも
それぞれが思い描いていた「都合のいいストーリー」通りに
状況が推移しなくて、内向きにイラついているように思いますけど、どうなんでしょう。
| atsu | EMAIL | URL | 11/04/03 14:57 | jB3nOvqE |
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