2011-10-16 Sun [ ゲームについて::歴史のこと ]
遥か遠い昔に書いたadventureに関する歴史の文が出てきたので、今の最新の知識でアップデートして、再度公開するココロミ。
歴史の中身としては"Text Adventure"から"Graphic Adventure"が登場し、これが日本にやってきて最終的にサウンドノベルやビジュアルノベルに至るまでの話。バイオハザードの文を書いたときの副産物だったりする。
■1970年代初頭-パソコン以前
もともと――コンピュータゲームが出てきたのは1970年代初頭。
その頃のコンピュータは、今の電卓よりマシンパワーがない代物だった。
だいたいUNIX(とおっても有名なOS。linuxのご先祖様)からして、RAMが16キロバイト(間違いではないぞよ)、ハードディスクが10メガバイト(同じく間違いではないぞよ)とか、まあ信じられないほどショボいハードの上で動いていたぐらいなのだ。
このハードウェア構成で想像がつくとおり、当時のコンピュータゲームはまずミニコン(ミニコンピュータの略。小さくはないコンピュータってな意味合い)~大型コンピュータの上で動作する、一部の研究者、特にアメリカの大学の研究者のもので、そしてグラフィックもなければ音もない(あったとしてもbeep音の『ピッ』止まり)、テレタイプというプリンタの化け物のようなものを介してプレイされる代物だった(UNIXの"/dev/tty"なんてのは、このテレタイプの略だったりする)。
1981年に登場した"rogue"はテレタイプではなくTV端末を利用する"@"がマイキャラ、"D"とかがモンスター、"+"や"-"や"|"が迷路の構成パーツなんて具合に文字で状況を表現するRPGだが、この貧弱なグラフィックですら、マニュアルに大半のUNIXのゲームよりもビジュアル指向であるなんて書いてあるほどだ。
他のソフトは推して知るべし。
グラフィック的にはないも同然のお寒い限りの代物だったのだ。
この大学で研究が行われるぐらいにコンピュータがメジャーになってはいるけれど、マシンは非力だった1970年代半ばに登場したのがテーブルトーク"RPG"って奴だ。
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歴史の中身としては"Text Adventure"から"Graphic Adventure"が登場し、これが日本にやってきて最終的にサウンドノベルやビジュアルノベルに至るまでの話。バイオハザードの文を書いたときの副産物だったりする。
■1970年代初頭-パソコン以前
もともと――コンピュータゲームが出てきたのは1970年代初頭。
その頃のコンピュータは、今の電卓よりマシンパワーがない代物だった。
だいたいUNIX(とおっても有名なOS。linuxのご先祖様)からして、RAMが16キロバイト(間違いではないぞよ)、ハードディスクが10メガバイト(同じく間違いではないぞよ)とか、まあ信じられないほどショボいハードの上で動いていたぐらいなのだ。
このハードウェア構成で想像がつくとおり、当時のコンピュータゲームはまずミニコン(ミニコンピュータの略。小さくはないコンピュータってな意味合い)~大型コンピュータの上で動作する、一部の研究者、特にアメリカの大学の研究者のもので、そしてグラフィックもなければ音もない(あったとしてもbeep音の『ピッ』止まり)、テレタイプというプリンタの化け物のようなものを介してプレイされる代物だった(UNIXの"/dev/tty"なんてのは、このテレタイプの略だったりする)。
1981年に登場した"rogue"はテレタイプではなくTV端末を利用する"@"がマイキャラ、"D"とかがモンスター、"+"や"-"や"|"が迷路の構成パーツなんて具合に文字で状況を表現するRPGだが、この貧弱なグラフィックですら、マニュアルに大半のUNIXのゲームよりもビジュアル指向であるなんて書いてあるほどだ。
他のソフトは推して知るべし。
グラフィック的にはないも同然のお寒い限りの代物だったのだ。
この大学で研究が行われるぐらいにコンピュータがメジャーになってはいるけれど、マシンは非力だった1970年代半ばに登場したのがテーブルトーク"RPG"って奴だ。
ちなみに勘違いされないうちにはっきりさせておくが、テーブルトークRPGは日本でコンピュータRPGとそうでない紙と鉛筆で行われるRPGを区別するために作られた言葉である。
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