ゲーム史 6 5月 2013 The History Of Nintendoは途方も無い資料本だ! 先日の話になるのだけど、facebookでFlorent Gorges ってフランス人からコンタクトがやってきた。 彼はフランス人なのだけど、日本のゲームの研究をしていて、このブログを見つけてインタビューしたいというのだ。 それで、インタビューを受けてきて、ついでに彼の書いた書籍を見せてもらったのだ… 続きを読む
ゲーム史 11 5月 2012 1991年4月 ADPCMとデータ二重化 91年4月末、天外2の音声の録音が行われることになった。 そして、僕は台本の量を見てびっくりしていた。 なんせどう見ても数百ページはあったからだ。 天外2がテキストの量が多いのは分かっていたけれど、まさかこんなとんでもない量だとは想像もしていなかった。 「ねえ、荒井君…これってほとんどADPCMにな… 続きを読む
ゲーム史 8 3月 2012 僕とBeepのちょっとした思い出 今日(3/8)、鶴見六百、つまり清水芋吉からツイッターで伝えられて、思わず少しつぶやいたけど、やっぱこういうことはブログとかに書いておこうと思ったので、日記がてらに、Beepから始まった、歴史としては日本最古と言っていいゲーム専門誌が休刊するということで、ちょっと思い出話などを書いておきたい。 僕が… 続きを読む
ゲーム史 15 2月 2012 ハドソンがファミコンに参入するまで(5/終) これは1983年春に始まり、1984年7月に終わる、ハドソンが史上初のサードパーティとして、ファミコンに参入するときの物語だ。たくさんの当時の(がつくのが残念だが)ハドソンの方の協力を得て、ほぼ正しい歴史として記述できていると思いたい。ただし、残念なことに、かなりの方から「自分の名前が文の中に出てく… 続きを読む
ゲーム史 11 2月 2012 ハドソンがファミコンに参入するまで(4) これは1983年春に始まり、1984年7月に終わる、ハドソンが史上初のファミコンのサードパーティに参入するときの物語だ。たくさんの当時の(がつくのが残念だが)ハドソンの方の協力を得て、ほぼ正しい歴史として記述できていると思いたい。 ただし、残念なことに、かなりの方から「自分の名前が文の中に出てくるの… 続きを読む
ゲーム史 7 2月 2012 ハドソンがファミコンに参入するまで(3) さて、1983年にいよいよ、任天堂からの開発機がハドソンにやってくる… というわけで、ハドソンがいつ、どのようにして、ファミリーベーシックを作ることになったかについて今回は書いていきたい。 しかも、嬉しい事に、当時のハドソンの開発メンバーの大半から話を聞くことが出来たので、前回までの細かい事情を修正… 続きを読む
ゲーム史 28 1月 2012 ハドソンがファミコンに参入するまで(2) 前回、1983年に任天堂が…というところまで書いたのだけど、ハドソンと任天堂の関係が出来る話に入る前に、もう少しこの当時のハドソンについて話をしておきたい。 というのも、ツイッターで、どうしてハドソンがシャープと仲がよかったのか、どうしてX1を使っていたのか、当時どんな会社だったのかみたいなことを聞… 続きを読む
ゲーム史 25 1月 2012 ハドソンがファミコンに参入するまで(1) これは1984年に、ハドソンが初のサードパーティとして、ファミコンに参加するときの物語だ。 前のポストで、野沢さんの証言を元にブログを書いたら、いろんな人から細かい情報が集まって、どんな風にハドソンがファミコンに参入したのか、そのプロセスはどういうものだったのかを、ようやくその全貌が正しく明らかにな… 続きを読む
ゲーム史 15 1月 2012 ハドソンがファミコンに参入したとき(オリジナル) 以前にTwitterでちょっと書いた、ハドソンがファミコンのサードパーティに参加する前後の事情について。 これは1982-83前後のコンソールゲーム業界がまさに始まろうとしていた前後の話だ。 当時ハドソンにいた、野沢さんに詳しく聞いたところ、30年前の記憶なのでうろ覚えなところがあるけど、… 続きを読む
ゲームの話 13 11月 2011 Zorkと弟切草とビジュアルノベル(4/終) ■そしてビジュアルノベル 弟切草が登場して、実は日本のアドベンチャゲームは大きく意味を変える。 それは日本においてアドベンチャがストーリーラインを追うゲームに明白に意味を変えたということだ。 これは極めて重要なことだ。 弟切草以前のアドベンチャはプレイヤーがマップを移動して、誰かと話したり、アイテム… 続きを読む