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ハドソンがファミコンに参入するまで(4)
これは1983年春に始まり、1984年7月に終わる、ハドソンが史上初のファミコンのサードパーティに参入するときの物語だ。たくさんの当時の(がつくのが残念だが)ハドソンの方の協力を得て、ほぼ正しい歴史として記述できていると思いたい。
ただし、残念なことに、かなりの方から「自分の名前が文の中に出てくるのは歴史的なことだからいいけれど、誰が言ったかは分かるのはいやだ」といわれてしまったので、最初に名前を出してしまった野沢さん以外はハドソン関係者、ということで伏せておきたい。

ところで、何人かから質問されたけれど、今回の話がハドソンの解散に重なったのは全くの偶然だ。
どうしてこんなことを調べだしたのかといえば、たまたまTwitterでM2のほりいさんたちとハドソン参入前後の話になり、自分が雑に当時聞いた話をしゃべったところで「待てよ、これは本当なんだろうか?」と思ったのが最初だ。
ハドソンの連中が昔はなんでも解析してたのもICEぶっさしてたのも知ってたし、確かファミリーベーシックを書いたのも知ってたし、だいたいどんな風に参入したのかの話も聞いたことはあったけれど、そこらへんの知識が自分の中で入り混じって、どこまで正しいか自信がなくて、ちょっと当時のハドソンの中核メンバーにお気楽に聞きはじめたのが最初だ。
いざ調べだすと、当時のPC事情や、実はハドソン東京が本格的な開発拠点を持っていたこと、参入の流れが自分が思っていたのとゼンゼン違うことなどなど、いろいろわかってきて、これは残しておかないとダメだろうと思って、このシリーズが書かれたわけだ。
マジメな話として、たまたま自分が当時のハドソンの中核メンバーと一緒に仕事をしていた、そして当時のメンバーとfacebook、linkedin、Twitterなどのソーシャルメディアを経由して連絡を取れるようになった、この2つの条件がうまく整っていたおかげで、このシリーズは書けている。ソーシャルメディアさまさまだ。


以下、本文。

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