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1990年9月 - スーパーCDROM
天外2のゲームデザインは順調に進んでいた。
レッドで行われる週に一度の制作会議では、シナリオが具体的になるに従って、桝田さん・広井さん・あだちさん・僕の4人と、山田真木(広井さんの秘書)で、それぞれが役を持ってセリフや動機、場合によっては何をやるかを考えながら、一国ごとにテーブルトークRPGのようにストーリーを作っていく方法になっていた。
具体的には、広井さんが卍丸の役と最終ジャッジ(やっていい・ダメってこと)。あだちさんも当然最終ジャッジ。僕がカブキと敵の一部。損得勘定を考えたりする役目。そして桝田さんが残りのキャラ。山田真木が一般プレイヤー代表。これは「ここでこのご褒美なら納得する?」みたいに桝田さんが聞いていく事で「ご褒美の満足度」なんかを決める人。あと、この会議にはほとんど呼ばれたことはなかったと思うけど、どんちゃんも桝田さんは結構使っていた。
あと、桝田さんや僕らのいろいろな要望に従って辻野さんがイラストをあげて、それのチェックしたり…ということも始まっていた。

余談だけど、この山田真木の「新しい町や村に行って、そこに新しい装備がないなんて許せない」って主張で、やたらめったら装備が増えることになった。
またストレートにゲームに絡む話だけど、後に山田真木は傘岩仙人の下手な絵の船の絵を描いている。これは辻野さんが、どうしてもいい雰囲気の下手な絵の船が描けなくて、山田真木が書くことになったという大笑いのネタだったりする。
辻野さんは山田の描いた絵を見て「これはね、うん、下手なだけじゃなくてね、どれだけ真似しようと思っても、僕には描けないよ」と断言してたw

また、スタッフの陣容も決まりつつあった。



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