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1989年3月 - 山根ともおとの出会い
前回はコレ
この話は1988-89年頃、PCエンジン版のイースを作るとき、僕が経験した話を出来るだけ正確に記録に残すつもりで書いている。ただし、これは
1)21年前の話で、記憶違いの可能性は十分にある。
2)僕が体験したり思ったりしたことを書くようにしているが、伝聞情報(二次情報程度)もある。

だから、当時の正確な記録ではない可能性はあるのは理解して欲しい。

さて、小峯君に「ファルコムを最近辞めた、山根ともおってヤツがいるんだけどさ、そいつがイースの移植を岩崎がするって聞いて、会いたがってるんだけど、会えるかな?」
と聞かれた僕は、一も二もなく会うといった。
なにせイース1では「グラフィック」として一人で名前が載り、イースIIのオープニングを作り、原案に名前を並べている男だ。
つまり、設定のことを知っていて、かつ絵コンテが書けて、かつマップが書けて、ゲームの事がわかっている男だ。いるといないとで、全くゲームの出来が変わるのは明らかだった。
当時、僕は東高円寺に住んでおり、山根が住んでいたのは荻窪だった。近いので荻窪のバスロータリー側のJR入口で待ち合わせようという話になったのだが…


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