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1989年2月 - イースの許諾を取りに行く
前回の話
この話は1988-89年頃、PCエンジン版のイースを作るとき、僕が経験した話を出来るだけ正確に記録に残すつもりで書いている。
ただし、これは
1)21年前の話で、記憶違いの可能性は十分にある。
2)僕が聞いた話で、伝聞情報もある。
だから、当時の正確な記録ではない可能性はあるのは理解して欲しい。

さて、本文。
イースの移植の話が始まったのは、僕がハドソンでPC-8801(Mk2 SR)版イース2にハマっていたから。
1989年1月、デビュー作の「凄ノ王伝説」がデバッグに入っていてヒマになったのもあり、北海道のハドソン本社4Fの開発ルームの隅にあった企画のエリアに入り浸ってイースII(88年末発売)で遊び倒していた。
そこに当時ハドソンの常務だった(と記憶している)中本さんが「そんなに面白いんだったら移植をしないか?」ともちかけてきた。
当時、僕はROMの容量の厳しさにウンザリしてた。
そしてCD-Iの開発でCDROMを経験してたからCDのメリットと弱点を知り尽くしている自信があった。だから容量制限が実質ないCDROMでゲームを作りたくてしょうがなかった。
で、中本さんの話に「イースって1と2を合わせて1つの話になるように出来ているんだわ。だから1・2合わせて一本にすれば、CDROMの大容量のアピールになるし、売れる。それならやるよ」と返事をしたら、中本さんは絶大に行動力のある人で、たちまち僕を連れて、当時立川にあった(今でもあるのだろうか?)ファルコムに行くという話になった。

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