イース通史Ⅱ・目次公開

ええと、なんとかかんとか『イース通史Ⅱ』がほぼ完成しました。
目次はほぼ確定で下みたいな感じです。

以下、あとがきに書いた文をさらにブログ用に書き直した文。

この10年ほど書いている同人誌のシリーズで最初に出した本は『PCエンジン版イースⅠ・Ⅱ制作日誌』だった。
このブログで言う「イースを作ったころ」ってシリーズだ。
それと重なっている似て非なる本が『イース通史Ⅱ』。

似ているところは、同じ人間が同じ開発の話を書いているのだから、基本的な流れは何も変わらないコト。
これが変わるんじゃただの妄想なんで、当たり前。

では違う所は?

オリジナルスタッフからの証言や30年ぶりに会ったハドソンのメンバーの話が大幅に入ったこと。

僕は忠実な移植ではなく、自分がイースをプレイして「こうしたほうがみんな嬉しいだろう」と思ったことと、さらにオリジナルメンバーが夢見ていただろうものを合体するって方針で制作していたけれど、当時、まさか一緒に仕事していた山根がラピュタと太陽の神殿からイースの基本設定を作ったなんて想像もしていなかったし、女神が1人だったなんて、もちろん知るわけもなかった。

なんで30年前言わなかったかなとはボヤきたい。
知っていればもっとアレンジも効いたし、もっといいゲームにできたのに。

インタビューしにいったとき、桶谷さんがリリアを作り出したって当の本人って知らなかった。
ディレクションなんて曖昧で桶谷さんと倉田さんが「こんな感じがいいんじゃね?」ってマップ作ってたとか、大浦さんと桶谷さんが実は鐘つき堂のイメージを作っていたとか、リリアの扱いに困った挙句に人間狩り作ったとか、ともかくいろいろなことを想像もしていなかった。

だから30年前どころか10年ちょっと前までは、イースⅠとイースⅡは橋本さんがプログラムを書き、宮崎さんが世界を作ってシナリオを書き、山根はアートで、倉田さんや桶谷さんや大浦さんはスタッフという程度の認識だった。山根や大浦さんや桶谷さんや倉田さんのやったことを小さく見過ぎていたのだ。
要は『イースⅠ』と『イースⅡ』がどのように作られたのかを本当には知らなかったのだ

また、ハドソン側でのメンバーから聞いた話もいろいろ驚いた。

スタッフに提案されて入れた変更は多かったけれど、それを誰が考えたのか、正確なところは案外知らなかった。
鏡の間はイトマキの提案だと知らなかったし、カットインするキャラクタの演出が進藤から出てきたものだったなんて知らなかった。
さらに松田泰一君が一番でっかいリリアを描いたことを忘れてたり、やっぱいろんなことを忘れてたり、それとも知らなかったりした。
要はリードをやってたけど、わりと、誰が思いついたのかなんかについては無頓着だったのだ。

だから、今回の『イース通史Ⅱ』は、その10年ほど前に出した『PCエンジン版イースⅠ・Ⅱ制作日誌』の答え合わせになっているところがとても多い。
特に用意した「答え合わせの章」は、僕が「え? これどーなってんの?」と思ったり、それとも修正したことを、自分が考えたことと実際のオリジナルスタッフがなぜそうしたのかと比較してイロイロ答え合わせしたところだ。とても面白いというか、まあ僕は面白かった。

機会があったら、この本と『PCエンジン版イースⅠ・Ⅱ制作日誌』を読み比べてみると、結構面白いと思う。
(ブログを読み直しても十分に分かるとは思うけれど)

ただ、ページ数の都合もあり、遊びっぽいエピソードがほとんど削除になってしまったのが残念なのだけど、まあそれはまたどこかで復活チャンスがあると信じたい。

それから『イース通史Ⅲ』は、TurboGrafx16版の『イースⅠ・Ⅱ』、こと”Ys Book 1&2”の開発の話とPCエンジン版『イースⅢ』の話、そしてPCエンジン版『イースⅣ』の開発の話の予定。
シリーズとしてはそれで完結。
『イースⅤ』とかコンプリートとかについては書く予定はない。
なぜなら『イースⅣ』までで、イースⅠもしくはⅡもしくはイースⅠ・Ⅱにかかわったスタッフ、言い換えると僕の知っている人がいなくなるからである。

完成したら、また立ち読み版とか出す予定。
あ、表紙はあいざわひろしの記事で公開されてます。それ見てください。

それから一応イベントにも通史Ⅰは持っていきますが、とらのあな様にも委託することにしたので、BEEPさんともども、通販で先に読みたい方は、どうぞです。

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