イースⅠ・Ⅱ通史(14):サルモン神殿に向かう
今回の話は87年の9月~11月初頭の話になるのだけど、開発のクライマックスに向かう小休止の落ち穂拾いの話でもあったりする。

まず前回の記事で、ノルティア氷壁を「北壁」と書き間違えていたのだけど、そしたら関係者からメッセージが。
■ファルコム関係者の証言
ノルティアは、ノルウェーから来ているので、北のイメージあります(笑)
ありゃありゃ…ノルウェーだったとは。ところで、どうして北壁と書き間違ったのか、自分ではわかっている。『北壁の死闘』というとて有名な冒険小説があり、こいつを僕は大好きなのだけど、完全にコレのせいで氷壁が北壁にすり替わったのだと思う。
下の本がその原作。古典中の古典なのだけど、ほんとーに面白いので読んで欲しいと思ってしまう。
あと、前回、アンケートを集計するまで含めると、これぐらいだったんじゃないか…と書いたのだけど、当時のファルコムでは雑誌などでやっていたようなアンケートの集計はあまりちゃんとやっておらず「生のハガキ」を見ていたとのこと。
■ファルコム関係者の証言
それとイースⅠのアンケートですが、雑誌のようにキッチリ集計されてはいません。送られてきたものをゲームごとに分け、輪ゴムで止めて束にしてありました。 アンケートには感想を書く欄があって、橋本さんたちイースⅠスタッフはそこを熱心に読んでいました。
こんな感じだったらしい。
確かに言われてみると、ハドソンでも雑誌で見たような細かい集計は当時あまり見たことなくて、『ネクタリス』の集計結果が面白いってのを聞いたとか、自分で『イースⅠ・Ⅱ』のアンケートの生ハガキを見た、なんてコトばっかりで、雑誌のアンケートの集計のようなしっかりしたものは開発までは来なかったと思う。
なら、いろんな開発はもう少し早かったのかなと思ったら、1987年の8月はファルコムはお盆休みに会社の引っ越しがあり(同じ立川のトミオービルに引っ越したとのこと)、これでしっかりお休みだったとのことなので、だいたいアンケートを読んで、ゲームに反映されたのは結局変わらないというのが結論だった。
それから宮崎さんが聖域で神官と魔法を絡めるという手を思いついたという話に、さらに続きが出来た。
■ファルコム関係者の証言
で、思い出したことが一つ。
カトービルにいた頃、五十嵐君が、宮崎くんからイース2はどんな感じにしたらいいか相談を受けて「6冊の本を集めたんだから、天空に行ったら本を元のところに戻すという流れがいいんじゃない?」と適当なことを言っておりました。
その適当なことが、そのまま最初のストーリーになって、しかも世界設定やゲーム全体の方向性をうまく決定するとてもいいシーンになりましたよ、と言いたい。
また「カトービルにいたころ」ということから、イースⅡの聖域を7~8月初頭にはまだ思いついておらず、イントロ部が全く出来ていなかったことが事実だとわかる。
ところでイースの本じゃ「女神いなくなったあ!」と右往左往してるだけだった神官が石像になったとたん、なんでも知ってる人になって、サルモン神殿に魔の元凶がいるとか言い出すくせに、女神の事はサッパリってのはとても不思議ですがね、と30年前にPCエンジン版用にテキスト書き直しながら、突っ込んでいた内容を再度ここでも突っ込んでおきたい。
あと、87/10ごろは橋本さんはかなりPC88の『テスタメント』を意識していたらしい。まず、それを物語る、古代祐三さんのツイート。
正直、これを読んだとき、爆笑してしまったのだけど、気持ちはわかった。
『テスタメント』という作品は『エメラルドドラゴン』を作った池亀君の出世作なのだけど、ともかく滑らかなフルカラーの全方位スクロールが大変な話題になった作品だった。

そして『エメラルドドラゴン』のシナリオをやった飯君の話によると『テスタメント』のスクロールの技法(多分ALUを使う方法なので『ロマンシア』を読んだあと)の原理は橋本さんから池亀君に伝えられたというコトなので、そりゃあますますライバル心が燃えるのも理解できる。
なお、エメドラとイースには下のような関係があった。一部正しくないけれど。
それから古代さんの曲についてのエピソード。
■ファルコム関係者の証言
古代くんの楽曲は、ファイル名のみで曲名は決まっていなかった。
サウンドモードを入れる際に、曲名を決める会議が行われた。
1曲ごと聞いて意見を集め、候補を絞っていく。
日本語だとピント来ない時は、英語の辞書を使って英語表記にしていた。
仕事がほぼ終わっていたので、皆すごく楽しそうだった。
ただ、これはイースⅠまでで、以降は(CD制作の関係で)加藤社長や石川さんが曲名を決めていたと思う。
あーなるほど、と思ったエピソード。ただ、あの、“Theme of ADORU”の”ADORU”はなかったですよw
つづりは“ADOL”(英語で発音するとエイドルになる)に変えさせていただきました。
と、こんなことをやりながらノルティア氷壁を超え、溶岩地帯を作っていると、宮崎さんからのリクエストをがやってくる。
■大浦さんの話
溶岩地帯を作ったら、ここに村が必要と宮崎くんからリクエストが来た。
こんな所に住んでるのか? と思いながら、普通の村を入れるのは無理なので、横スクロールっぽくしてカキワリの村を作った(笑)

溶岩地帯はチップの構成上、余裕がなかったのだろう。
そりゃ苦労するよ。
ただ、溶岩地帯は横スクロールっぽく見せるところと俯瞰の場所を切り替える形式のマップだったので、無理やり書き割りみたいなマップを作ったわけだ。
あとバーンドブレスのこの村と最後に出てくるラミアの村、非常に距離が近い。
Ⅰ・Ⅱを作っていた当時、なぜこうなっていたんだろうと思っていたが、今、どのようにしてゲームが出来ていったのかのプロセスを考えれば、シナリオを後から書いて、必要なトコを追加するやり方をしてるから、村の距離のバランスが悪いわけだ。
後の話になるが、ともかくこの村の橋守のセリフはめちゃくちゃ長くて、PCエンジン版ではガリガリに縮めた。
■大浦さんの話
氷壁にも村を作ってと宮崎くんからリクエストがあった。あれも氷壁の背景ファイルに無理やり入れたんだったかな
聞いた限りでは、溶岩の村を作った後、これをお願いされたのは間違いない。
言い換えると、バーンドブレスを作った後、「ここに村を置こう」と決めたわけだ。
そしてノルティア氷壁のキャラクタセットに大浦君がラミアの村のチップを入れ込んで、宮崎さんがノルティア氷壁の村(ラミアの村)での最初のイベントを作り終わるころ。
次のストーリーはどーするの会議なしで、宮崎さんは大浦君に言った。
「神殿、作って」
イースⅡの開発はディスク交換してのクライマックス、サルモン神殿に入ろうとしていた。
4件のコメント
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こんにちは。
なんと!ファルコムスタッフが、池亀氏のプログラムにライバル心を抱いていたとは!
話しは変わりますが、当時、高校生だった私は、PC-88でエメドラを遊び、基本的なゲームシステムやデータを2枚の2Dのフロッピーディスクに詰め込んだ、その圧縮の技術にいたく感動したものです。
残りのディスクはビジュアルシーン用のディスクでしたから、システムディスクとデータディスクの2枚の640キロバイトであのゲームをほぼ構築していたことになります。
この話をファルコムに心酔していた友人に話したところ、ファルコムのほうがすごい!エメドラで壁にぶつかりながら歩いてみろ!画面ガクガクじゃないか!
ファルコムの英雄伝説1は、同じことをしても画面がガクガクにならない。だから、ファルコムの技術の方が凄いと猛反対しておりました(笑)
なんだか今となっては、遊んでいる自分たちも意味もなく、熱くなっていた良き時代でしたね。
橋守について昔から気になってることがあるんですが、彼(つまりタルフのお父ちゃん)って神官の子孫じゃないですよね?とするとタルフのお母ちゃんが子孫なんだと思いますが、彼女について何も触れられていないんですよね。
魔物の人間狩りに遭ったのでしょうか。
もしくは橋守は神官の血筋なんだけど、能力は受け継がず、隔世遺伝的にタルフに受け継がれたのか。
実は神官の子孫はナゾが多いんですw
例えば最後の子孫が集まってるところでジェバがいない(ジェバ=トバ)とかw
で、タルフのお父ちゃんもその例です。
まあ実の父は死んでて、義理なんだとか、そういう設定を自分で考えればなんとかなるんですが…w
ジェバは家から一歩も出ない独居高齢者ですから、
フィーナが気を使って呼ばなかったのでしょうw
他にもマリアの母親も神官の子孫なのか気になります。
あとゴートの家族がいるのかどうかも。
キースは身寄りがいない設定ですけど、ダルクファクトとの
関係性が謎めいてますねw